明の巻
その間、
容姿端麗なだけでなく、文武に優れ、気さくで陽気な人柄で皆の人気を独占していた。
周囲には人が集まり、日を追うごとにその数は増えていく。
校内を歩く時は集団の先頭に立ち、『伊邪那美さん』の呼称も、いつの間にか『
これじゃ、まるで大奥だ……
「全く、皆どうしちまったのか……」
駅前で落ち合った尊に、時空は溜息交じりに呟いた。
「彼女の思惑通りってとこかしら」
事もなげに返す尊。
こうなる事を予想していたかのような口振りだ。
「元々帰国子女という肩書に、あの容姿だから注目を集めるのは当然ね。学業もスポーツも優秀で、ある意味スーパーマン的存在とも言えるし……彼女を崇拝する
抑揚の無い、淡々とした口調だ。
過度な感情表現を嫌う尊や、他者に関心の薄い時空は、いまだその影響を受けずにいる。
それゆえ、状況を客観的に見ることができるのだ。
「まるで人質を獲られた気分ね」
尊は意味深な言葉を放ち、そのまま口を閉ざした。
時空もそれ以上は語らず、並んで歩き始める。
行きたい所があるという尊の誘いで、二人して向かう所だ。
どうやら、あの後何かを掴んだらしい。
こういう時の彼女には、何を聞いても無駄だった。
ある程度確信を得るまでは、決して話そうとしない。
それが分かっている時空は、黙って従うしかなかった。
*********
最寄りの駅から市電に乗り、降りた駅で乗り合いバスに乗り換える。
時空らの暮らす町から、かれこれ二時間は乗り換えを繰り返しただろう。
最後に乗ったバスは、山の傾斜をひたすら登っていく。
目的の停留所に着いた頃は、昼を回っていた。
そこから更に、徒歩で三十分──
密林のような雑木林の中に、それはあった。
刺すような朱色が、陽光を受け光り輝く──
真っ赤な鳥居だ。
時空の全身を衝撃が走る。
間違いない!
夢に出て来た、あの鳥居だ!
やはり、実在していたのか……
形容し難い既視感が、脳内を刺激した。
尊の言ったように、やはりあの夢には意味があった。
そしてそれは、伊邪那美仄の言葉が真実である事を示している。
ここから先、一体何が起こるのだろう……
神器とやらは、本当にあるのだろうか……
耐え難い不安に、時空の胸が激しく高鳴る。
「こっちよ」
その様子に気づいた尊が声をかける。
我に返った時空は、頷きながら彼女の後に続いた。
参道と呼ぶには、荒れ方があまりに酷かった。
石畳は土に埋もれ、伸び放題の草木が道を塞いでいる。
半分
どう見ても神社だが、これほど
「このあたりは一応私有地なんだけど、管理者が管理義務を放棄したみたい。全く手入れされず、長い間放置状態だった」
尊は、足下に転がる
「実の所、此処を見つけるのは相当苦労したわ。手掛かりは、例の
そう言って、尊は肩をすくめた。
「私は、あの図が
特に自慢するでもなく、言い放つ尊。
彼女の父親は、某IT企業の重役をしている。
仕事柄、多彩なジャンルのデータを扱える立場にある。
可愛い娘の頼みなら、一も二もなく承知したのだろう。
それに尊の卓越したパソコン技能が加われば、いかに難易度の高い情報でも大抵は手に入るはずだ。
「ここ、何て神社だ?」
外壁に亀裂の入った本殿を眺めながら、時空が尋ねる。
不思議に賽銭箱も見当たらない。
「
尊は、手に付いた土をはたきながら答えた。
「創建時期、創建者ともに不明。伝承記録から推測して、恐らく日本最古と言われる
それだけ言うと、尊は向拝の前に立った。
「さあ、入ってみましょう」
時空は頷くと先頭に立ち、格子戸を押し開いた。
内部は狭く薄暗かった。
戸口から差し込む日差しで、ぼんやりと見渡せるほどだ。
正面に、胸の高さほどの台座があった。
水玉・
長きに
台上には、小さな神鏡が飾られていた。
察するに、これが祭神のようだ。
だが二人の目は、全く別のものに釘付けとなった。
台座の中央に印字された文様だ。
八卦のような角形にそそり立つ刀身──
それはまさに、八握剣の神宝図そのものだった。
時空の鼓動が、激しく脈打ち始める。
此処こそ、彼女が夢に見た場所に違いない。
そして、此処のどこかに神器……八握剣とやらが存在しているのだ。
時空は、体の深奥から何かが湧き上がってくるのを感じた。
それは興奮というより、郷愁に似た感覚だった。
長い時を経て
我は
今再び一つにならん──
一つに
…………
「時空どうしたの!?」
尋常では無い時空の様子に、尊が慌てて声をかける。
だが、反応が無い。
陶酔したような表情で、立ち尽くすのみ。
大きく見開いたその目は、ただ一点を凝視していた。
そう……
正面に飾られた神鏡に……
「時空!」
尊が叫ぶ。
ゆっくり上がった時空の右手が、神鏡に差し出される。
そして
と、次の瞬間……
パァァァァァーーン!!!
時空の体から、強烈な光の筋が
そして光は奔流となり、断続的にうねり始めた。
それはまるで生き物のように、建屋内を躍動した。
鮮烈で、力強く……
しかしながら、不思議に苦痛は無い。
小さな太陽でも出現したかのように、只々眩しかった。
とても目を開けていられず、尊は両手で顔を覆った。
「時空!」
再び尊が叫ぶ。
今度は、声が震えていた。
と……
唐突に、躍動していた気配が消えた。
恐る恐る目を開く尊。
眩しく……無い……
見ると、時空の体から出ていた光の筋も消えている。
本殿の中は、何事も無かったように静かだった。
時空の正面に回り込んだ尊は、思わず息を呑んだ。
その手には……
薄青い光を放つ、