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焦る

「母さん、大丈夫だと言っていたじゃないか」
「だって、お前。いきなりだったんだよ」

 トレンドア伯爵は焦っていた。
 妻が出て行ってしまったからだ。
 メリーの実家は太い。
 だからこそ、ピンク色の髪をした可愛い男爵令嬢を愛人として囲えていたのだ。
 出て行かれてしまっては、全ての計画が狂ってしまう。

「一度は手にした女だよ。また手に入れたらいいじゃない」
「でも母さん、どうすれば……」
「一度は呪いにかかったんだ。またかければいいだけさ」

 トレンドア伯爵の母は魔女だった。
 魔女の力によって前トレンドア伯爵に取り入り、その夫人の座に就いたのだ。
 息子が爵位を継げる年齢になると、夫人は夫を片付けた。
 前トレンドア伯爵は今、墓石の下で眠っている。

 爵位を息子に継がせた時点で気付いたことは、トレンドア伯爵家の本当の財政状態だ。
 夫の許可など必要なくなったというのに、魔女は使えるお金の少なさを嘆いた。
 そして気付く。
 金持ちの女と息子を結婚させ、自由になるお金を増やせばよいのだと。

 当初、息子であるトレンドア伯爵は乗り気ではなかった。
 貴族の通う学園で学んでいた彼は、数々の貴族夫妻の話も耳にしていた。
 幸せな結婚生活を送るには、それなりの配慮が要る。
 対価は結婚においても必要なのだ。
 その対価を、彼は払いたくなかった。
 自分好みの女性を侍らせて、自由にやるほうが性に合っているからだ。

 そこで母である魔女は考えた。
 自分の使える術を息子に教え、最適な女を手に入れる助けをすればよいのだと。
 結果、手に入れたのがメリー・コンサバティ侯爵令嬢だった。

 メリーとの結婚を成し遂げたトレンドア伯爵は、自分が本当にやりたかったことをした。
 彼は領地経営にも商売にも興味はない。
 たいして欲のない彼が本当に欲しかったものを手に入れた。
 ピンク色の髪をした可愛らしい男爵令嬢を愛人として囲ったのだ。

 しかし、メリーは出て行ってしまった。
 このままでは離婚だ。
 離婚となれば契約により多額の慰謝料を払う必要がある。
 そうなれば、トレンドア伯爵家は破産。
 愛人も自分から離れていくことは、トレンドア伯爵にも分かっていた。
 
 焦る息子の前に、魔女はピンク色の液体が入った小瓶を渡した。

「これをあの女の口に入れるんだ。手段は問わない。どうとでもしな」

 義母はすっかり淑女の仮面を脱ぎ捨てて、愛しい息子に指示をした。
 トレンドア伯爵は小瓶を受け取ると、冷や汗をかきながらゴクンと唾を呑み込んだ。

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