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「気持ち良かった。一生の思い出になったな」わたしの髪を乾かしながら、母さんが言った。
「何を大袈裟な。毎日だって洗ってあげるよ」
鏡越しの母さんは嬉しそうに笑っていた。
そして、今日は早めに寝ると、母さんは寝室へ向かった。一旦閉まったリビングの扉が、また開く。
「雪音、薬塗りなさいよ」
「あ、手?りょーかーい」
── 翌朝、最初のアラームで起きれなかったわたしは、いつもより20分程起床が遅くなった。昨日、遅くまで携帯のゲームをしていた自分が悪い。
でも、いつもなら母さんが起こしにくるはずなんだけど。珍しく、まだ寝てるんだろうか。
階段を下り、リビングの扉を開けると、昨夜寝る前の状況と同じだった。
テレビとエアコンのリモコンはテーブルの上に並び、洗ったコーヒーカップがシンクの上に伏せてある。
いつもは早起きなのに。よほど調子が悪いんだろうか。
わたしは足音を立てないように、2階へ上がった。母さんの寝室のドアに耳を当てる。静かだ。やっぱり寝てる?
音が鳴らないようにゆっくりとドアノブを回し、そーっとドアを開けた。
──・・・しばらく、天井を見ながら呼吸を整えた。落ち着け、わたしの心臓。これは夢だ。
もっとゆっくり、ゆっくり。
「はあ、はあ、はあ、はあ・・・はあ・・・はあ・・・・・はあ・・・・・」
汗が首から枕に流れ落ちるのを感じた。唾を呑むと、喉がキリッとする。目を瞑り、深呼吸を3回した。
心臓が通常の速度に戻るのを待って、上半身を起こした。床に落ちた布団を拾い上げ、ベッドから立ち上がる。眩暈がして壁に手をついた。
外はまだ、薄暗い。部屋の電気をつけてキッチンへ向かい、頭から水を被った。シンクに手を付き、ここでも深呼吸。
頬をバシバシと叩く。「よしっ!」
汗でびしょ濡れのTシャツを脱ぎ、顔と髪を拭いて洗濯機へ放り込んだ。
新しいTシャツとランニング用のジャージに着替え、何も持たず、家を出た。