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財前さんはわたしの向かいに座り、お茶の乗ったトレーをテーブルに置いた。その間、なぜか顔が見れず、彼の手元だけを見ていた。差し出されたお茶を受け取り、「いただきます」1口飲みながら財前さんを見て──「グホァッ」
「ちょっと雪音ちゃん!大丈夫!?」
大丈夫じゃない。息が出来ない。早坂さんに背中を叩かれながら、むせ返った。
落ち着いたところで、目の前の人物を凝視する。
──── だれ?
その時、カタッと扉の閉まる音が聞こえた。「来たわね」
襖が開き、瀬野さんが現れた。涙目のわたしに怪訝な顔をする。「泣かせたのか?」
「なんであたしを見るのよ!」
「遅かったね、正輝」
「出掛けにタイヤがパンクしちまって、タクシーで来た。遊里、帰りは俺も乗せてけ」
「はいはい」
会話が耳に入ってこない。それより、わたしの目の前にいるこの人は、誰?
瀬野さんはその人の隣に座った。
「財前さん、何時に戻ったんだ?」
「遊里達が来る少し前だよ」
「どうだった?」
「収穫はなかったよ」
「そうか・・・」
早坂さんが、わたしの顔の前で手を振る。「おーい、雪音ちゃん?起きてる?」
そうか、わたし、夢を見てるのかもしれない。瀬野さんは今、財前さんと言った。でも、わたしの目の前にいる人は財前さんじゃない。いや、確かに、財前さんではある。着物だけは──。
「僕が誰か、わからないかい?」わたしに微笑みかける。
「わかりません」だって、その顔はさっきまでの財前さんじゃない。額、目尻には深い皺が刻まれ、後ろで結ぶ髪は変わっていないが、先程の黒髪ではなく、白髪交じりのグレーヘア。言葉遣いは同じだが、声が高く、細い。
一見、60歳くらいの男性に見える。よく見ると、湯呑みを持つ手も、皮膚が薄く血管が浮き出ている。
「僕の名前は、財前 龍慈郎だよ」
「・・・同姓同名の若い方と一緒に住んでおられませんか」
早坂さんが噴き出すのがわかったが、わたしは至って真剣だ。どう考えても、説明がつかない。