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「あの子?」

「・・・雪音、さっきから言ってるよ。未来ちゃんには見えない子がいて、その子が未来ちゃんを落としたの」

お母さんは深いため息をつくと、両手で顔を覆った。勘弁してくれというように。
何も言わないのは、どういうことか。

「信じてないんだ」

「・・・なにを?」お母さんの顔は呆れている。

「お母さんは信じてくれると思ったのに」

「雪音、これ以上混乱させないでちょうだい。頭がおかしくなりそう」


それ以上、何も言わなかった。
哀しさも怒りも感じない。ただ、無だった。全てが、無に感じた。


その後やって来た担任と母親の話も、わたしは無言のまま聞いていた。内容は職員室でわたしに言った事と同じ。デリケートな問題、子供達の精神状態、今後の対応、呪文のように聞こえる言葉を、わたしはただ黙って聞いていた。

そして、否定もしなかった。何を言ったところで、無駄だ。どうせ、誰も信じない。だったら、何も言わないほうがいい。


その日の夜、仕事から遅く帰ってきたお父さんとお母さんは喧嘩をしていた。
なかなか眠れず、布団の中で起きていたわたしは音を立てないように階段を下りた。



「だっておかしいじゃない。耳の生えた子が未来ちゃんを怪我させたなんて言うのよ?」

「子供が言う事だろう。それを間に受けてどうする」

「あなたはあの場に居なかったからわからないけど、あの子の顔は本気だった。本気で言ってたのよ」

「だからといって病院か?話にならない」

「それに・・・考えてみたら、今までもあったのよ」

「あった?なにが?」

「2歳くらいの時、公園で誰もいない所に向かって手を振ってたり、指差して笑ったり・・・それだけじゃない、今まで何回もそういうことがあったわ」

「だから、子供のすることだろう」

「あなたは見てないからわからないのよ!」

「またそれか・・・」

「あれは、そういう"レベル"じゃなかった・・・」

「とにかく、向こうの親御さんも子供同士の事だからって言ってくれたわけだし。この話はもうやめよう」


リビングのドア越しに、わたしは持っていたウサギの抱き枕をギュッと抱きしめた。
雪音のせいで、お父さんとお母さんが喧嘩してる。

── ごめんなさい。








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