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幸せになったが勝ち

「ねぇ、オスカー」
「なんだい? アデル」
「私ねぇ、幸せ」
「ふふふ。それはよかった」

 アデルとオスカーが立ち上げた商会は大成功をおさめ、キャラハン伯爵家の商会と肩を並べるまでとなった。

「最初に二人で暮らした小さな部屋が嘘みたいね」
「そうだね。でも、あの小さな部屋も、私にとってはよい思い出だけど」
「ふふ。それは私も同じよ」

 アデルとオスカーは、大きな商談がまとまると引越しをした。
 
「あの頃は荷物も少なかったもの。引っ越すのも楽だったわ」
「そうだね。家具付きの部屋は、簡単に引っ越しが出来て便利だ」

 身の丈に合った住まいは大事だ。
 見栄を張らず、我慢もし過ぎず、程よい場所で暮らせば運気も上がる。

「でも家族が増えたら、そう簡単に引っ越すわけにもいかないでしょ」
「そうだね。荷物もどんどん増えるしね」

 アデルは大きくなったお腹をさすった。
 オスカーは彼女の肩を抱き、新しく手に入れた屋敷を眺めた。

 新しく購入した家具が使用人の手により屋敷へと運び入れられていく。
 伯爵令嬢であったアデルにとっては珍しくもないサイズの屋敷だが、子爵令息であったオスカーにとっては初めて住む大きな屋敷だ。

「キャラハン伯爵から援助してもらうことになってしまったが、頑張って働いて返すからアデルは心配しないで」
「ふふ、いいのよ。借金ってわけではないのだし。キャラハン伯爵家の商会には儲けさせているのだから、気にすることないわ」

 アデルの言う通り、商売を始めた最初こそキャラハン伯爵家の力を借りていたが、立場が変わるのに時間はそうかからなかった。
 最近ではもっぱら儲けさせる側でいる。
 オスカーは、たまたまだからと謙虚に受け止めているが、アデルは偶然も実力のうちと考えていた。

「手厳しいね?」
「だって婚約破棄の件、まだ許してないから」

 あの一件以来、アデルと父との関係性は微妙に変わった。
 アデルは事あるごとに過去を持ちだして、父を脅すような真似をした。
 父のほうも怒るでもなく、その脅しを受け入れた。
 まるで二人の楽しい遊び道具のように、過去の一件を扱っている。

「それは……忘れてあげたら?」
「あら、優しいのね。オスカー」
「いや、優しさではなく……嫉妬かな?」

 オスカーは、そっと妻の大きく膨らんだお腹を撫でた。

「昔のことをいつまでも持ちだされると、キミを幸せに出来ていないのではないだろうかと不安になるよ」
「あら、ふふふ。それは卑屈すぎるわよ、オスカー」

 アデルは謙虚な夫の発言を軽やかに笑い飛ばした。

「私はとても幸せよ」

 二人の子どもは、時期に生まれる。
 商売も順調だ。

「この上なく幸せ」

 アデルは自立している。
 自立しながらオスカーの隣に立ち、二人で幸せを紡いでいる。
 そこに新しい家族が加わるのだ。
 楽しみで仕方ない。

「私も幸せだよ、アデル」

 オスカーはアデルの背中から手をまわし、お腹ごと抱きしめた。

 新しく雇い入れた若いメイドたちが、ふたりをチラチラ見ては頬を赤く染めてクスクスと楽しそうに笑っている。
 屋敷のサイズに合わせて使用人の数も増えた。
 家族が増えてもアデルは仕事を辞める気はない。
 必要に応じて他人の手も借りながら、子育てをすることになるだろう。

 自分たちで出来ることは自分たちでやる生活も楽しいだろうが、必要な時に必要なだけ他人の手を借りる生活も楽しいはずだ。

「乳母はいつから?」
「ん、産まれる前には来てくれる予定よ。出産前から手伝ってもらうの」
「おや、産まれる前から?」
「だって最初の子ですもの。準備が万全か確認してもらわないと」

 初めての出産に不安はつきものだ。
 側にいてもらって少しでも気が楽になるのなら、対価を払っても来てもらったほうがいい。
 それだけの稼ぎを、アデルは自分自身で得ていた。

「不安なら、お義母さまに来てもらったら?」
「ふふ、私の不安は、お母さまでは解消しないわ。もっと実用的な部分だもの」
「んー、キミは時々、難しいことを言うね?」
「あら、そうでもないわ。おむつの枚数とか、ベビーベッドのこととか、割と具体的なことが気になっているだけなの。お母さまに解消してもらわなければいけないような、精神的な不安とかはないわ」

 アデルはオスカーの腕の中から抜け出して、クルリと体の向きを変えた。

「精神的な支えは、あなたがしてくれるでしょ? オスカー」

 アデルはそう言うとオスカーの首に手をまわし、グッと引き寄せてその唇にキスを落とした。
 そして婚約を申し込みに行った日と同じく、触れたところからみるみる赤く染まっていくオスカーの姿を楽しんだ。

 この時産まれた長男を皮切りに、アデルとオスカーは3人の男児と1人の女児に恵まれた。

 商会の経営も順調で、アデルは女性の商売人として国王から表彰されるほどの成功を収めた。
 
 それよりもなによりも、アデルは時折繰り広げる喧嘩すら愛おしいと思えるほど、オスカーとの暮らしに満足して幸せに暮らしましたとさ。

 めでたし、めでたし。

 ~おわり~

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