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第9話 覚悟

「ちょっと、そこの人。どうしたんですの?」

「妻の絢音を探しに来た。お前たちこそどうした。まさか、お前たちが絢音をさらったのか?」

 男の人は目を大きく見開き、ミトラに詰め寄っていく。明らかに正気じゃない。


 目にはクマができていて、髪は明らかに手入れされていなくてぼうぼう。

 さらに、視線。焦点が合っていなく、時より遠くを見ている。
 どこか、精神的に追い詰められているというのがわかる。

「とりあえず、話を聞きます。敵ではありません。教えてください」

「俺は優斗。さらわれた妻、絢音の夫だ」

 ポケットから写真を見せてくる。そこには、一人の女性の姿があった。

 黒髪で、ストレートな長髪。鼻筋の通った顔立ち、色白で滑らかな肌 まるで、琴美みたいだ。琴美を、さらにお姉さんにしたような美貌をしている。

「ともにであって、ずっと共に過ごして……去年ようやく結ばれた。とても大切な妻だ」

「そ、そうなんですか……」

「ちょっと仕事が終わって冷蔵庫にビールを取りに行った時のこと。ゴトッとリビングから音がしたと思ってビールを片手にリビングに戻った。そしたら、いたんだ。見たこともない──化け物が。絢音は、意識を失って化け物に担がれていて──言葉を失った」

 事情を話している優斗さん。焦点が合っていなくて、私の上あたりをぼんやりと見ながら話している。まるで、心ここにあらずといった感じだ。その化け物は、今まで見たこともないような異形をしていて、
 当然だよね、最愛の人を連れ去られたんだから。

「すぐに絢音を取り返そうとした。だが強い力で吹き飛ばされ何もできなかった。誰に相談すればいいかわからず、とある神社に行って、五頭竜とかいう化け物が連れ去ったのだと聞いた。だから、見つけて絢音を取り戻そうと──」

 優斗さんの言葉が途切れる。相当追い詰められているというのは、理解できた。

「特徴からして、五頭竜で間違いありませんわ。絶対に取り戻します。たとえ、どんな姿……。いや、取り戻して見せますわ」

 ミトラが一度声のトーンを暗くして、それを否定するように自分で遮って強く断言した。
 私だって理解している。絢音さんが、生きていない可能性だってあることも、それを今言えないことも──。

 優斗さんは、視線を泳がせ視線を外した。心では信じていなくても、そうなったことをかもしれないということを理解しているんだろう。

 それでも、妻のことが諦められないのだろう──。コクリと頷いてから一歩踏み込んで、ミトラに話しかける。


「俺も行かせてくれ。絢音を救いたい」

 その言葉にぎょっとする。確かに、気持ちはわかる。でも、相手は人を食い殺すことだってある妖怪。
 そんな奴に、一般の人が突っ込んでいっても結果は目に見えている。

 ミトラの表情が真剣なものになった。当然、それがどういうことか理解しているのだろう。
 優斗さんをじっと見て、言葉を返す。

「ここから先は、命をかけた戦いになりますの。何かあっても、身の安全は保障できませんわ」

「大丈夫だ。覚悟はしている。妻がどうなっているかわからないのに、一人安穏となんてしていられない」

 優斗さんの言葉、覚悟。彼と同じように、大切な人を失った私だからわかる。たとえだめだといっても、勝手について行ったり、一人で散策してしまうと思う。

 ミトラさんも、優斗さんの覚悟を察したのだろう。コクリと首を振って言葉を返した。

「分かりましたの。そこまでご覚悟がおありなら、引き留めはしませんわ」

「ありがとう──」
 優斗さんは物静かに言葉を返した。

「じゃあ、行きますわ」

 優斗さんがコクリと頷く。
 ミトラが目的の場所へと足を運んで行った。

 そして、しばらく森の茂みを歩くと、突然ミトラが叫び始めた。

「見つけましたわ!」

 その言葉に私達は身構える。キョロキョロと視線を見回していると、ミトラが右の方を指さして叫んだ。
「あれですわ!」
 私達はそっちへ移動。林を抜け、草ぼうぼうの原っぱ。その中央に、目的の妖怪はいた
 腐った肉のような悪臭。灰色に光る七~八メートルほどの肉体。黒っぽい肌に所々骨や肉が丸見えになっていて、不気味さを感じさせられる。
 五つの長い首からそれぞれ威圧感を感じさせる顔が、周囲へと視線をにらみつけていた。
 そして、五頭竜はまるでロングタオルのように右手で女の人を抱えていた。


「あ、あ、アイツが……絢音を。あの時よりずっと大きくなってるけど、あれだ……。お願いだ、助けてくれ」
 黒髪のストレートで、背が高い女の人。まるで、琴美みたいだ。
 あれが絢音さんか。幸い食べられていたわけではないし、外傷はない。とりあえずホッとした。

「戦うよ! 行こう!」

「わかりましたわ。凛音!」
「分かってる」

 戦いの始まりだ。もう、目の前で人が死ぬ姿なんて絶対に見る気はない。

 五頭竜は、絢音さんを抱きかかえながら少しの間私たちをにらみつけていた。
 やがて私たちを敵だと認識したのか、分からないが絢音さんを隣にある木の幹に立てかけると一歩──また一歩と近づいてくる。

 また戦いが始まる。そんな事を考えごくりと息を呑む。
「来ますわ」
 ミトラがボソッとつぶやいた瞬間──。
「ンンンンンォォォォォァァァァァッッッッッッッ!!」

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