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第8話 この服、恥ずかしい……

ミトラはどこか楽しそうに、窓から景色や湘南の海を楽しそうに見ていた。
 さっきみたいにいろいろと話しかけてくるかと予想していたが、こうなると逆に調子が狂ってしまう。

 そして江ノ島についた後、観光客のいる江の島弁天橋を抜けてから観光客のいる通りを抜けると大きな神社。
 その神社の神主と出会い、軽く頭を下げると、ミトラが事情を説明した。話によると、この神社の奥の林に目的の五頭龍はいるらしい。

「ありがとうございました」

 私達はぺこりと頭を下げて、神社の奥へと歩を進めていく。うっそうとした木が立ち並ぶ林の中。
 特に何か会話をするわけでもなく、私達はさらに林を奥へ。気まずくて、何か話しかけようか考えこんでしまう。
 私は、人見知りで、赤の他人との会話能力が一般人と比べてとても劣っている。
 聞きたいことがないわけではない。しかしどう話しかけていいかわからず、頭の中でどうしようかと考えこみながら、人気が少ない林の方へと歩いていく。
 意外にもミトラはにっこりとしながら、特に話しかけずに私の数歩前をただ歩いていた。もっと、余計なことを話しかけてくるかと思ったが、少し拍子抜けだ。
 楽といえば、楽だったわけだが──。そして林の中をしばらく歩くと、ミトラが立ち止まる。

「人気は、全くないようですわ。ここなら大丈夫ですわ。妖怪の気配も、ありますし──」
「──そうだね」

 また、あの姿になるのか……。妖怪だったときの自分。思わずその時を思い出してしまい、ためらいたくなる。
 ダメ、やらないといけないんだ──。拳を強く握り、深呼吸。私は自分の心を頑張って奮い立たせた。
 そして私は、この前変身したときの様に体に力を入れる。
 身体の芯に、冷たい冷気のようなものを、感じ取る。そしてそれを、全身にいきわたらせる。全身が冷たい衣のようなものに包まれた。
 冷たい光に包まれたかと思うと、その光が消える。

「はい、変身したよ」

 振袖に近い、水色で氷の結晶や花柄の振袖。
 そして──。
「やっぱり違和感あるなぁ……」

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 私は顔を下ろし、自身の胸元へと視線を向ける。
 身にまとっているのは振袖に近いなんだけど、胸の上三分の一から先がなく、大きい胸が露出してしまっている。
 胸の谷間が、強調されている格好になってしまっているのだ。
 ミトラも、それに気が付いたようで、私とすれ違う男子たちのごとく一瞬だけ私の胸にちらりと視線を送ると、やれやれと言ったポーズをする。
「ずいぶんと自己主張のすごいマシュマロさんですわね。一応聞いておきますが、サイズは?」
「……91」

 その言葉に、ミトラはきらきらと目を輝かせた。
「スタイル、いいじゃないですの!」

「別に、全然うれしくないよ」

 91のF 
 これが周囲から好意を求められるのが好きな陽キャやパリピならば嬉しくて自慢したくなるかもしれない。
 しかし、私はそれとは正反対とでもいい性格。人見知りで気が弱く、容姿も地味な存在だ。
 まず視線がきつい。すれ違う男子がみんな見てくるし、女子からもからかわれたりする。相談しても「自慢してるの?」とか言われたり。
 おまけに重くて肩が凝ったり、胸回りが蒸れたりするし。
 何で私に神様は私なんかにこんな体を与えたのだろうか。 もっと容姿もよくて、人に好かれるのが好きな人にあげればよかったと思うのだ。
 コミュ障で気が弱い私にとっては本当につらいのだ。

「もう、もったいないですの」

 ミトラが、顔を膨れさせ残念そうな表情になる。あげられるなら,あげたいくらいだよ……。

「まあ、行きますわ」

「そうだね」

 いつまでもこんな話ばかりして張られない。気持ちを切り替えよう。私たちは森の中を歩いていく。幸い、人気は全くないから人目を気にすることもない。
 人見知りの私にとって、お似合いの場所だ。

 木が高く茂っていて、夕方ということもありかなり薄暗い。なんというか、重い雰囲気が立ち込めている。
 茶色い地面の獣道を気を付けながらしばらく歩く。

 妖怪の気配は、特にない。単調な獣道を歩いていると、ミトラが急に立ち止まって前方に視線を向けた。

 ミトラの背中の前で立ち止まる。

「何があったの?」

「誰か来てますわ──」
 ミトラの言葉に、思わず緊張が走る。誰だろう。人見知りの私にとっては、一大事だ。
 慌てて前方に視線を向ける。

 確かに、林の中に一人の人物がいた。何かを探しているかのように、うろうろと歩いている。

「あの人ですわ──」

 茶色いボロボロの長そでシャツ、やや色あせていて古びたズボン。短髪の男の人といった感じだ。
 かなり使い込んだアウトドア用の服といった感じだ。

 ど、どうしよう……。
 私が戸惑って考え込んでいると、ミトラは早足で男の人のところに寄っていく。
 ちょっと……準備ができてないのに──。

 私には、あったこともない人と意思を疎通させるという行為はとてもハードルが高い行為なのだ。

 そんなことはお構いなしにミトラは男の人に話しかけた。

「ちょっと、そこの人。どうしたんですの?」

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