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第111話 『ファースト・ミッション』

「誠の奴は純粋すぎるよ。若いんだな。それに比べて、俺達……ちょっとひどい大人だったかな?」

 そして嵯峨は手元の袋から取り出したスルメを噛みながら、静かに視線を机に落とす。

「かもな」

 ランも少しは自覚があるようで静かに頭を掻いた。

「『中佐殿』。ちょっと、頼みたいことがあるんだ」

 そこまで言うと、嵯峨は読んでいた雑誌を机に置き、オートレースの予想新聞の下から一枚の写真を取り出した。そして、嵯峨は軍人風の丸刈りの東洋人の写真をランの前に置いた。

「なんだよ……この軍服。『甲武国(こうぶこく)』の『海軍軍人』……それも『エリート』だな。(つら)で分かるよ。その野郎をどうしろってんだ……」

 ランの視線の先で嵯峨は静かに目を閉じる。

「ちょっと、『殺生(せっしょう)』をしてくれ。『社会的』に消してくれ。『生物学的』には興味がねえから。俺」

 そう言うと嵯峨は静かに雑誌を閉じた。

「『殺生』とは穏やかな話じゃねーな」

「まあな……軍事警察ってのはどうしてもそう言うことをすることになるんだ。嫌になるよ」

 そう言って嵯峨が静かに頷くのを見てランは静かに辺りを見回した。

「地球圏のどこかが仕掛けてそうな盗聴器の件だろ?たぶんあるんじゃないの?連中の優秀さは前の大戦で対峙した俺には嫌ってほどわかるよ。でも聞きたい奴は聞けばいいさ。そいつを仕掛けた地球圏の連中にもそれを利用して情報を収集するさらに一枚上手の『ビッグブラザー』にも関心の無い話だから。その『ビッグブラザー』からの情報のおこぼれにあずかってる遼州圏の諜報機関の連中には関心のある話かもしれないがね。でも、所詮連中は『社会的』には人間扱いされてるだけの『有機物』だもん。俺みたいに『脳味噌』が入ってる『人間』の言葉なんざ……分からねえよ」

「その言い草、人を見下しているようで嫌いだね」

 ランはそう言って苦笑いを浮かべた。

「なあに、人の思い込みのもたらす業って奴さ。あと、いつも俺達を嗅ぎまわってる『廃帝』の方は今回は動いている気配はない……今のところだけどな。『ビッグプラザー』はすべて分かったうえでガン無視だ。当然だろうな、東和共和国『だけ』の平和と言う奴の目的とは関係のある話じゃねえから」

 茶を片手に嵯峨はスルメをかじった。

「この写真の男を社会的に抹殺する中で神前が『廃帝』対策のために、俺達と同じ『法術師』として『素質』を開花させるのが俺の本当の目的なんだ。この男のことは、正直、どうでもいい。たんなる『廃帝』と『ビッグブラザー』との戦いの『狼煙(のろし)』くらいの意味しかねえから」

 沈黙が続く。

「なあに、こいつが『エリート』過ぎて……『甲武』の貴族至上主義過激派の『官派(かんぱ)』をあおって『クーデター』とか言うのするとかしないとか。そうすると色々面倒なんで消えてほしいというだけの話。遼州同盟の偉い人の多数決の結果、そう決めたわけ」

 その街並みや雰囲気から『大正ロマンあふれる国』ともいわれる『甲武国』。だが、その下にマグマのごとく軍部や官僚を中心とする『官派』と、現在政権にある民衆を支持基盤とする『民派』の対立があることはランも知っていた。

「『クーデター』か……『廃帝』がお気に入りの甲武国陸軍は動かねーのか?」

 ランは男の写真を手に取るとそう言った。

「今回は陸軍の『官派』は置き去り。俺のところに話が来た段階ではの話だけどね。まあこの男がなんか動くと呼応して動き出すのは目に見えてるがね……まあつまんねえ話だろ?」

 嵯峨はそういうと大きな隊長の椅子の上で大きく伸びをする。

「お耳障りは勘弁ね『中佐殿』。甲武国は俺の『育った』国だ。俺が一人で処理できれば文句はねえわな。それこそ今は無き『遼南共和国』出身の『中佐殿』の手を煩わすのはどうもねえ……いずれ奴が事を起こした暁には司法局実働部隊にも正式に指示が出るはず……命令書の『書式』は知らねえけど」

 そう言うと嵯峨は静かにタバコをふかして再び通俗雑誌に手を伸ばした。

「……以上。お話は終了。ご拝聴ありがとう!自称『善人』の『人間以下の糞虫』さん!」

 嵯峨はわざとらしく大声を張り上げてそう言った。の視線は、その言葉とは無関係にグラビアに張り付いていた。

「隊長も好きだねー」

 ニヤニヤ笑っている嵯峨の顔を見てランは心底呆れたようにため息をついた。


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