第106話 サイボーグの情熱
誠は一人、休日に一度来ただけの豊川の駅のターミナルで不安げな表情を浮かべて一人たたずんでいた。真夏の午後の空気は彼の首の周りにまとわりついて汗を染みださせる。
「もう二度と来ないだろうな……この駅には……僕は決めたんだ。僕は除隊する。英雄なんて真っ平だ」
そう言って高架になっている駅舎の階段に近づいていく。そんな誠の背後でバイクの轟音とクラクションの音が響いた。歩行者は多いもののあまり車を見かけない豊川駅のロータリーに響く聞き慣れない爆音に誠は驚いて振り返った。
「西園寺さん……」
そこにはビッグスクーターにまたがったかなめの姿があった。誠の歩いていた歩道の脇にスクーターを停めると、素早くそれから降りてヘルメットを外した。その表情は厳しく、気弱な誠を怯ませるには十分なものだった。
「神前!止まれよ!」
かなめは一言叫ぶとそのまま誠に向かって急ぎ足で歩み寄り、誠の東和宇宙軍の制服の襟首をつかんだ。
殺気を込めた視線で誠をにらみ付けてくるかなめの視線を見ると、誠は黙ったまま顔を逸らした。
「おい!返事をしろ!アタシの顔を見ろ!この薄情者!」
かなめは前進にまとった怒りを誠に叩きつけるようにそう叫んだ。誠はとりあえず自分の襟首をつかんでいるかなめの手を振りほどくと、身なりを整えながらかなめの鋭い視線と目を合わせた。
「脅したって無駄ですよ。僕はもう決めたんです。僕は除隊して実家に帰ります。西園寺さん。僕はもう『特殊な部隊』とは関係のない人間なんですよ」
少しひねくれたようにそう言った誠はそのまままっすぐなかなめの視線から目を逸らした。
「関係ないだ?ふざけたことを言いやがって!オメエはアタシの部下!アタシがそう決めた!だから辞めるなんて認めねえ!『僕は決めた』だ?そんな権限はオメエにはねえ!部下は上官の指示に従う。それが軍の常識だ!」
激しく情熱的にかなめはそう言うと誠の襟首をつかんでバイクに引きずっていった。
「何をするんですか!離してください!僕は帰るんです!」
強い力で誠を引きずっていくかなめに抵抗する誠だが、野球で鍛えたその腕力をもってしてもサイボーグのかなめに勝てるわけも無かった。
「一回ひどい目見たからって臆病風に吹かれやがって!そのたるんだ根性を叩きなおしてやる。アタシと一緒に本部に来い!」
そう言い放つとスクーターの椅子を持ち上げて中からヘルメットを取り出し誠に投げてくる。
「僕はもう西園寺さんとは関係無い人間です。無茶は止めてください」
投げつけられたヘルメットを返そうと誠の胸倉をつかんでいるかなめの右手にヘルメットを押し付けた。そんな誠を見てかなめはひとたび彼から手を離し大きくため息をついた。
かなめは自分の感情を抑えきれないというように頭を掻きむしると、意を決した表情を浮かべて再び誠の制服の襟首をつかんだ。
「そんなオメエの決めたことなんてアタシには関係ないね!アタシは自由人だ。そしてアタシは今でもオメエの上官だ。アタシが決めたらオメエは黙ってついてくればいいんだよ!」
誠の手から手荷物を奪い取ったかなめはそのままそれをスクーターのシートの下に押し込む。
「そんな無茶苦茶な……まるで理屈が通って無いじゃないですか」
かなめが現れた時から誠は彼女が自分を連れ戻しに来たことは分かっていた。そして自分の理系脳では強引な彼女を説得できないことも知っていた。誠はとりあえずは彼女の押しに負けてそのままスクーターにまたがったかなめの後部座席に乗った。今はかなめの気の済むようにするしかない。そして話をして誠の情けないところと決意の強さを知れば、いくら強引な彼女でもあきらめるに違いない。誠はそう思うとかなめの細い腰にしがみついてスクーターの発進に備えた。
「行くぞ」
かなめはそう言うとスクーターを急発進させた。
誠はかなめの強引さにとりあえず合わせるようにして彼女にしがみついてスクーターの後部座席で黙り込んだ。
「神前。無茶な女だと思ってるだろ?済まねえが……こういう
どこか悲しげにそう言うかなめの言葉を誠は黙り込んだままで聞き流した。
「無茶苦茶ですよ……」
そう言いながらも誠は反抗できない自分の弱さにため息をついた。
「オメエに話があるんだ……きっとオメエの気が変わる話だ。機械好きのオメエならきっと気が変わる……きっとな」
かなめは自信ありげにそう言うとスクーターを加速させた。