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第105話 戦闘用人造人間の挨拶

 除隊の意志を固めて寮に帰った誠は身の回りの物を片付け始めた。

 一週間に満たない経験だというのに、誠にはあまりに多くの出来事が起きていた。

 ちっちゃな『英雄』クバルカ・ランとの出会い。自分の就職活動が無駄だったことはすべて『駄目人間』嵯峨惟基の差し金だったこと。アメリア達、『戦闘用人造人間(ラスト・バタリオン)』の女性士官には散々小馬鹿にされた。情熱的に歌い上げるかなめの歌と銃器への愛が脳裏に残っている。真面目でありながらギャンブル依存症のカウラはどこかほっとけないかった。気のいいヤンキー島田がことあるごとに絡んでくることにはうんざりした。なんだか不思議ちゃんのポエマー神前(しんぜん)ひよこはどうも苦手だった。

「本当にたった一週間の出来事なのにな……」

 誠はアメリアへの別れの言葉を少し後悔しながら布団を片付け、私服をバッグに詰め、プラモの道具を段ボールに詰めた。

「それじゃあ行こうかな」

 そう言って立ち上がった誠は背後に人の気配がして振り返った。

 そこにはカウラ・ベルガーが立っていた。その表情はいつものように人工的で、感情がこもっているようには見えなかった。

 エメラルドグリーンの髪が開け放たれた窓から入ってくる夏の風になびいている。

「止めるんですか?」

 ぶっきらぼうに誠はそう言った。カウラは黙って首を左右に振った。

「出ていくんだろ?うちを貴様が決めたことだ……それで間違いはないだろう。人は選べるときに選んだ方が良い。私が『ロールアウト』してから学んだことだ」

 冷静にそう言うカウラに誠は少し肩透かしを食ったように立ち尽くした。

「『法術師』として何を考えているか分からない超能力者集団と戦うなんて僕にはやっぱり向いていません。軍も辞めるつもりです……しばらくはバイトでもしようかななんて……それから先のことは後で考えます」

 誠は無理やりな笑みを作ってカウラに笑いかけた。

「すまないな。貴様の人生を壊してしまった。それが最善だと隊長は考えた。だから私達は従った。それが貴様を傷つけたなら謝ろう」

 寂しそうにカウラはそう言う。感情の起伏の少なさは戦闘用人造人間らしいが、誠にはそんな彼女に同情する心の余裕は無かった。

「いいんですよ。僕の友達でももう転職している人はいますから。まあ、来年までに大学に戻って教職でもとろうかな……とか考えてます」

「教師か、貴様に向いているかもしれないな。私は学校には通ったことが無いからよくわからないが……パーラが体育教師になりたいとか言って色々調べているのは聞いている。やりがいはあるようだな」

 カウラの淡々とした口調に誠は少しばかり感傷的な気分になった。

「カウラさんも軍以外に行く場所があるんじゃないですか?『ラスト・バタリオン』に生まれたからって戦いだけが向いているとは限らないじゃないですか」

 さみしさからか、そう誠が言うとカウラは静かに首を振る。

「そうかもしれないが、私には……私は戦うために作られた存在だ。戦いを離れて生きていけるほど器用では無いんだ。他の『戦闘用人造人間(ラスト・バタリオン)』の面々よりも戦いに特化した性格だからシュツルム・パンツァーパイロットに選出された。それは認めざるを得ない」

 カウラは乾いた笑みを浮かべた。誠はそんな彼女を見て感傷的な気分になりながらも手にしたバッグを肩にかけて歩き始めた。

「カウラさん。段ボールは宅急便で着払いでうちの実家まで送ってください。島田先輩は気がいいんで頼めばやってくれると思います。原付も……ほとんど新車ですから。売っていいですよって。あの人バイクに相当つぎ込んでるみたいだからいい小遣い稼ぎにはなるでしょ」

 それだけ言うと誠は寮の私室を後にした。

 カウラは何も言わずに廊下を歩いていく誠の背中を見送った。

「これで……僕は自由になれた。『災厄』から世界を守るヒーローなんて糞くらえだ」

 ぶっきらぼうなカウラへの挨拶を済ませた誠は少し晴れやかな気分で寮を後にした。


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