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第101話 減俸二か月

 初めての先頭に憔悴しきった誠は、カウラの『スカイラインGTR』で本部に帰った。そしてそのまま休むことも許されずに『特殊な部隊』の隊長室で呼び出された。

 隊長室に入った誠は『駄目人間』である嵯峨の正面にランと並んで立たされた。

 嵯峨の机の上には相変わらず風俗情報誌とギャンブル関係と思われる雑誌が恥ずかしげもなく置かれていた。目の前には自分と大して変わらない年に見えるのに、執拗に『四十六歳、バツイチ』と主張する風俗愛好者である『脳ピンク』のマイペースぶりに誠はただあきれるばかりだった。

 嵯峨はぎしぎし言う隊長の椅子に背もたれに体を預けて、頭の後ろで両手を組んで二人を見つめていた。

「神前。今回は、『おとり捜査』ってことで話が付いたから。あそこは前から東和警察にマークされてたからな……親切な俺達がもたもたしてるからかたをつけてやった。そんなところだ」

「おとり捜査?それって嘘じゃないですか!僕は一方的に拉致されたんですけど……」

 部隊長自らの捏造に誠は思わず反発した。

「まさかそんな恥ずかしい話うちから言い出すわけにはいかないよ……うちはね、遼州同盟司法局直属の実力部隊と言う触れ込みの『特殊な部隊』なの。マフィアの三下にのこのこついて行きましたなんてかっこ悪くてさ、俺も言えなかったんだよ」

 そう言うと嵯峨は静かに誠に目を向けた。

「でもそれって嘘じゃないですか!」

 抗議をする誠だが、嵯峨は軽く手を挙げてそれを制した。

「あのね、事を大きくしてどうすんの?それに遼州同盟と地球は国交が無いんだよね。これでマフィアが『特殊な部隊』の隊員の秘密を握ってどこかの政府の依頼で拉致ったなんてことになったら……最悪戦争だよ?まったく……」

 冷静に、押し殺すような口調で嵯峨はそう言った。

「戦争……」

 東和共和国では無縁な言葉だが、その外の世界ではありふれた日常の殺し合いを想像して誠はつばを飲み込んだ。

 誠はこの『駄目人間』の底知れぬ恐ろしさに恐怖し、そんな『化け物』に息子を預けた母を恨んだ。

「そこで、まあお前の件は『マフィアが暗黙の了解で見逃されてきた貴金属取引に紛れて行っていた麻薬取引』の現場にうちが突入したことにして、偉い人に報告したわけ。俺が地球系マフィアのボスをパクった件は、まあ連中も嫌な顔してたよ。『国際問題』だとか言いやがるんだ。そのための司法局だろ?東和警察の連中は俺達を舐めてるのか?」

「『国際問題』ってなんでですか?犯罪者を捕まえたのに!そんな連中を放置している東和警察と地球圏が悪いんじゃないですか!」

 おっかなびっくり。そんな言葉がぴったり似合う表情の誠は、目の前の隊長の机に座っている嵯峨に向けてそう言った。

「そりゃあそうなんだけどさ。外交問題ってのは微妙なもんなんだよ。地球圏と遼州星系同盟の関係は特にセンシティブなんだよね。やれ『人権』がどうの、『私的財産権』がどうのと騒ぐんだよ、お互いに。社会に出ればそう言うのがあるんだよ……分かったかな?」

 嵯峨は適当にそう言うと静かに目を机に落とした。

「まあ、東和警察も神前の『素質』を表ざたにせずに、あの『地球圏犯罪者』の大物の身柄を拘束して、拘留を続けようっていいうんだからな。俺に文句の一つも言いたくなるのは分からんでもない。だけどカルビーノの行動は遼州同盟の許していた活動域を逸脱するものだったから、何とかなったみたいだけど地球圏もとりあえずだんまりを決め込んでるみたいだし」 

 直立不動の姿勢をとっているランと誠を前に嵯峨はそう言ってほほ笑んだ。

「じゃあ僕の責任は……」 

 恐る恐る誠はそう言ってみた。嵯峨は顔色一つ変えずに語り始めた。

「聞いてなかったのか?そもそもお前さんは、あそこに自分で突入したって言うことで口裏あわせも済んでるんだ。東和警察の連中もそれで書類が作れるって喜んでるんだから問題無いだろ?まあどうせ東和警察の連中には、俺は信用なんてされてないんだから、お前が責任云々言う話じゃないよ。まあここの上部組織の司法局の本局には報告義務があるから、それなりの書類出して東和警察の面子も考えずに暴走したことに関しての処分を待つ形だが……『中佐殿』……。さすがに今度は『減俸二ヶ月』は食らうかな?俺もお前さんも無茶しすぎたわ」 

『減俸二か月』

 その言葉に誠は思わず背筋に緊張が走るのを感じて隣のランに目をやった。

 ランは全く動じるそぶりもなく、話を向けられたランは頭を掻きながら嵯峨に対する言葉を探っていた。

「まあ、うちらの無茶で迷惑をかけた、『関係各所』の苦労を考えっとそんくらいが妥当じゃねーですか?西園寺の馬鹿が同盟に非協力的なベルルカンの失敗国の大統領に『発砲』しかけた時は、部隊全員下期のボーナス全額カットだったし」 

 ランがさらりとそういってのけたのを見て、誠はただ驚きに目を白黒させるだけだった。

『こいつ等本当に『特殊な部隊』だ!毎回そんなに懲罰を受けてる?よく解体されないな』

 誠は危険度においてもここは『特殊な部隊』であることを再確認した。

「じゃあ神前。報告書も何もいらないから。まあしばらく頭冷やしてじっとしてろや」

 そう言うと嵯峨は目の前の書類に目を墜とした。

「行くぞ」

 いつもの小さな八歳ぐらいの女の子にしか見えない体から、『殺気』が放たれる。

 ランは誠の腰をかわいい手で叩いて、誠に隊長室から出ていくように合図した。

「それじゃあ失礼します!」 

 誠は納得がいかない表情のまま勢い良く扉を開けて出て行った。


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