第79話 紛争の銃
「大丈夫よ。拳銃なんて所詮はったりだから。まあ、かなめちゃんがなんで誠ちゃんに『グロックG44』を選んだかは……想像がつくけど」
アメリアは意味ありげに笑っている。誠はその言葉の意味が理解できずにただ銃を持って呆然と立ち尽くしていた。
「何か意味があるんですか?僕が『グロックG44』で西園寺さんが使ってる『スプリングフィールドXDM40』とか言うのだと」
誠は銃に詳しくなかったのでアメリアの言葉の意味が分からず聞き返した。
かなめは苦虫をかみつぶしたような表情をした後、誠を押しのけて射場に入った。
「このXDM40って言う銃はな……グロックのコピーなんだわ。グロックは二十世紀初頭の拳銃のいくつかの忘れられた構造と、ポリマーフレームと言うプラスティック加工メーカーならではの強みを生かして作った傑作なんだが……」
そこまで言うとかなめはすさまじい速度で銃を連射した。
十二発爆音が響いた後、かなめの銃のスライドは弾を撃ち尽くしたことを示すようにスライドが開いたままで停止して煙を放っていた。
「まあ、傑作はどこでもコピーを生み出すんだ。二十世紀末。どの銃器メーカーもグロックのコピーを作った。多くはグロックが取った特許に引っかかったり、値段がグロックより高かったりで成功しなかった。何社かのメーカーはその競争に負けて身売りをしたり潰れたりした。その中での数少ない成功例がこいつなの」
かなめはそう言うとスライドを閉鎖して銃を誠に手渡した。
右手にかなめのXDM40、左手にG44を持ちながら誠は両方を見比べた。
「確かにそっくりですね」
「そうだろ?でも決定的な違いがあるんだ」
かなめはそう言うとにやりと笑った。
「決定的な違い……この握りの部分が動くってところですか?」
誠はかなめのXDM40のグリップセフティーを指さしてそう言った。
「そんなのは些末なことだ。それはこいつが生まれた理由。XDMシリーズは戦争の中で生まれた『殺し合いの道具』なんだ」
「戦争の中で?」
誠は歴史知識がほぼなかったので、二十世紀は半ばあたりに『第二次世界大戦』があったという程度の地球の歴史知識しかなかった。
「二十世紀末のバルカン半島。そこでは多民族国家が崩壊して民族ごとの殺し合いの戦争が始まった……その必要からこいつは生まれたんだ」
いつも自分を語る時のかなめの鈍い鉛色の瞳がそこにあった。
「確実に弾が出る銃。それが戦場では必要なんだ……当たるかどうかは二の次。HS2000ってのがそいつの開発当初の名前だな」
かなめはそう言うとテーブルの上の愛銃を手に取る。そしてすぐに空きマガジンを落とすと弾の入ったマガジンに差し替えて十二連射を決めた。
「凄いですね……でも名前変わってますよね」
誠はかなめの銃知識に感心しながらそうつぶやいた。
「なあに、販売ルートの関係でスプリングフィールド社の名前に変わってそうなったの。前身のモデルは最初はどんな環境でも動くだけのひどい銃だったが、改良を加えられてそれなりに使える銃になった。何よりグロックより安いからな」
「値段が安いといいことなんですか?」
誠の問いにかなめはあきれ果てたという表情を浮かべる。
「武器は数を揃えてなんぼなんだ。当時、メインの市場だったアメリカは景気が悪くて田舎の警察なんかは銃を新調する余裕が無かったんだ。民間にハイキャパシティーマガジンの銃がゴロゴロしてきて、お古のリボルバーやシングルカーラムマガジンの弾数の少ない現役銃との交換時期に入って大量の新規の銃が必要になったが、肝心の予算がつかない。元々安いグロックすら買えない貧乏警察はこの東欧製のこいつに白羽の矢を立てたって訳だまさにバーゲンセールの価格だったからな」
かなめの言葉を聞きながら誠は自分のG44とかなめのXDM40を見比べた。
「性能が同じなら安い方を選ぶんですね、警察も」
誠はそう言いながらかなめの手にあるXDM40に視線を向ける。
「そう、ユーゴスラビア内戦と言う地獄をくぐった銃だからな……人殺しの道具として最低限必要な機能だけを集めたらグロックと似たようなモデルになったって訳」
そう言ってかなめは静かに銃をホルスターに収めた。銃が『人を殺す』道具だという事実を改めて知り、誠は少し悲しい気分になった。