第78話 グロックG44
「待たせたな。二人とも、銃は……」
土嚢の積まれた射場にかなめは台車を押して現れた。イヤレシーバーをつけて待っていた誠、カウラ、アメリアはなんとも複雑な表情で彼女を迎える。
「本当にかなめちゃんは本当に銃が好きね……肌身離さず持ち歩くくらい」
アメリアは厭味ったらしくそう言うと自分の腰についているホルスターを叩いた。
「うちじゃあ普段から銃を持ち歩いているのは貴様くらいだ」
そう言うカウラの左脇にもいつもには無いホルスターがぶら下がっていた。
「じゃあ、やろうかね」
そう言うとかなめは二人を無視して台車を射場のカウンターにつける。
「西園寺さんは……イヤレシーバーは?」
「戦場じゃそんなの邪魔になるだけだ。戦場では耳が命だ。いらねえよ」
かなめはそう言うと台車に置かれた段ボールをカウンターに置いた。
誠も久しぶりの実弾訓練に興奮しながら彼女を見守っていた。
「じゃあ、これ」
かなめはそう言って誠に拳銃を手渡した。誠の想像する銃のイメージを具現化したような銃がそこにあった。
「見たことがあるような……無いような……なんです?この銃」
誠が受け取った銃は角ばった印象のスライド目に付く黒い銃だった。
「『グロック』……銃の所持が自由な国のディスカウントストアーで大特価とかで売ってるそうだ」
カウラの言葉に誠はこけそうになった。
「ディスカウントストアーって……安物なんですね、この銃。『グロック』……なんか聞いたことがありますけど……地球の銃ですか?」
手渡された銃を誠は握りしめた。そして、そのグリップが誠の大きな手に握られるとかなめの満足そうな顔を見た。
「うちは基本二十世紀末前後の地球の銃を使うんだわ。アタシの実家の蔵に山ほど在庫が有ってね。予算が無いから有効活用のために持ってきて使ってるんだわ。実際、その時期にもう銃の可能性は出尽くしてんの。もうそれから500年経つわけだけど、そっから後の銃はみんな『小改良』程度だな。素材を変えてみたり、口径を変えてみたり、レールとかサイトとかつけてみたりといろいろあるけど結局性能的には大差ないんだわ。せいぜい製造工程が進化したんでコストが下がったおかげで大量生産されてるけど……そんなら市場に溢れてる中古の銃を買った方が安いからな。銃の進歩が一番進んでたその時代の銃が一番信用が置けるんだ」
そう言って誠が軽く握っている銃にかなめが手をやる。
「グロッグの利点は『馬鹿でも撃てる』し『左利きでも撃ちやすい』ってところかな?手動の安全装置がトリガーについてるから、セフティーのことを考えずに撃てる。まあ、撃ってみな」
誠を馬鹿にするような調子でそう言うとかなめはそう言うと射場の向こう側に目をやった。
二十五メートルくらい先に鉄板の的が置いてあった。かなりくたびれていて的を描いていたペンキが剥げて銀色の地肌がむき出しになっている。
「あのー、あれじゃあ当たったかどうかわからないと思うんですけど……」
それとなく尋ねる誠を見てかなめ達三人は大きくため息をついた。
「あのなあ。オメエに精密射撃なんて期待してねえの。それにだ。拳銃で二十五メートル確実に当てれば立派なもんだよ」
あきらめたようなかなめの言葉を聞いてカチンときた誠は仕方なく銃口を的に向けた。
「じゃあ撃て」
かなめの合図で誠は引き金を引いた。
何も起きなかった。
「誠ちゃん……弾が入ってないんじゃない?」
アメリアが呆れたようにそう言った。
誠は慌ててマガジンを抜くがそこには銀の弾頭と金色の細い薬莢が入っていた。
「貴様……素人か?薬室に弾を装填しなければ弾は出ない!リボルバーじゃないんだからな!」
今度はカウラがそう言って誠の頭をはたいた。
「はー……慣れないもので」
軍人失格の一言を吐いて誠はマガジンをグリップに刺して素早くスライドを引いて弾を装填した。
ゆっくりと銃口を的に向け、静かに引き金を引く。
『パン!』
軽い反動とともに弾が発射された。弾はそのまま的の左側を通過していった。
「この距離で当たらねえのかよ……」
かなめが吐き捨てるようにそう言うのを聞きながら誠は引き金を続けて二回引いた。
『パン!パン!』
反動はパイロット養成課程で撃った東和宇宙軍制式拳銃のそれよりもはるかに軽かった。
「撃ちやすいですね、この銃」
二発とも的を外したものの誠はとりあえず大外れでは無かったので笑顔で三人に向き直った。
「やはり、22口径で正解だな」
「これじゃあ9パラなんて撃った日にはカウラちゃん達の後頭部が吹き飛ぶわね……それに弾代がもったいないし」
カウラとアメリアまでも完全に軽蔑の視線で誠を見つめていた。
「22口径?なんですそれ?」
誠はそう言って銃に詳しそうなかなめに目をやった。
「こいつは『グロックG44』って言う22口径ロングライフル弾用の拳銃なんだよ……弾代が安いから。まあ、22口径なんて帽子も何もかぶってない頭にでも当たらないと死なないから安全だってことで選んだんだが……正解だったな」
かなめは満足げに頷いた。
「それじゃあ意味ないじゃないですか!僕に一撃で帽子も何もかぶってない敵の頭に当てろっていうんですか!無茶ですよ!」
かなめの投げやりな言葉に誠はツッコミを入れていた。
「だって……こんな距離、普通サバイバルゲーム用のエアガンだって当たるぞ?実銃だぞ、これ。これメイドイン・オーストリーだぞ。地球人のみんながこれ見たら涙目だぞ」
「でも……僕、利目が右だったり左だったりするんで……狙いをつけるのが苦手なんで」
誠はこの場を切り抜けようと何とか言い訳をした。
「狙いをつけるのが苦手って……本当に射撃に向いてないなオメエは」
呆れたようにそう言うとかなめは大きくため息をついた。