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7話 旅立ち1



まだ夜明けには程遠い、薄暗い山中。私が持つランタンの灯りだけが獣道を細々と照らしている。空には『三つ子月』と呼ばれる月が輝いていて、普段はふたつしか見えてないが、時々もうひとつが顔を出すそうだ。その月は『恥ずかしがり屋のお月様』と呼ばれているらしい

私の前を歩くのは先導しているはずの彼女━━ ラムエナの足取りは早く、私は彼女の足元を照らすだけで精一杯だった。「オレに灯りはいらない」と豪語する彼女には心配は無用なのだろう。

──私も暗視機能があるけど、それは乙女の秘密ということで

鬱蒼とした森をしばらく進むと、視界が開けた。一面の切り株の広場、その中心にぽつんと建つ小さな山小屋が現れる。側には一本だけ、日除け代わりに残された大木が立派な枝を広げている。ラムエナは迷わず入口へ向かい、乱暴に扉を叩いた。


「おい、カイラ!」


返事がない。ラムエナが舌打ちをして言った。「やっぱりだ、ちょっと待ってろ」
彼女は扉の隣の小窓をこじ開けて中に潜り込む。やがてガチャガチャと金属音がして、扉が開いた。どこか愛らしい顔をした泥棒羊が顔を出す。

「よし入れ、よく来たな」

まるで我が家に案内するような口ぶりに「ふふ」と少し笑ってしまう。小屋の中は真っ暗だったがラムエナは迷わず「こっちだ」と私を先導する。床を革靴が叩き、低い音が響く。奥にあったドアを豪快に開けズカズカと入っていく。きっと面白いものが見られると私は小走りで部屋の中に入る

「おい、カイラ起きろ」

哀れにも布団を引き剥がされ、服を掴まれて引き上げられたカイラ。まだ目もまともに開いておらず「ぅぅ...」と蚊の鳴くような小さな声を漏らしている。まるで親猫に運ばれる子猫だ。しかし、着ている服は薄く、なかなかに際どい事になっていたので私は思わず目を逸らした。





「おはよう...」

朝の挨拶をようやく口にするカイラ。入口がある部屋まで引っ張り出され、椅子に座らされている。ようやく目が半分ほど開いているが、髪が爆発している。普段の鋭い目付きはまだベッドの中にあるのだろうか?と、ウタは首を傾げてると目が合う。


「あ、ウタ。渡すものがあるんだ...」
「何ですか?」


無言で私の後ろを指差す。後ろを見ると、作業台の上に弓と矢筒が置かれていた。弓を手に取り確かめてみる。モンゴル弓に似ており、波形曲線が美しい小型の弓だ。持ち手に革が巻かれ、手にしっくり馴染む。弦も真新しく、今すぐにでも獲物を仕留める事が出来そうだ。


「扱えるか?引いてみろ」


弓を寝かせたまま構え、弦を引く。

──即席で弓力測定したが、おおよそ40kg...大型の獣でも仕留めるのかな

「これ、動物の角ですか?」
「そうだ、もっと張るか?今なら三人いるぜ」

「いえ、これで十分です」

奥からお湯を沸かしてたラムエナがカップを3つ、手に持ち戻ってくる。カップからは湯気が上がり、香ばしい香りが漂ってくる。

「どうせ徹夜で仕上げたんだろう、ほら飲め」
「ありがとうございます」

テーブルに置かれたカップを手に取る。色は茶色で好きではないが、コーヒーとハーブを混ぜたような、香ばしさと清涼感がある独特の香りがする。カップの縁を口につけて啜ってみる。

──初めは少し苦いけど、後から甘味がくるハーブティだ。飲み込むと華やかな香りが鼻腔を抜けていく。悪くない

だが、隣で飲み始めたカイラは「ぐっ、苦ッ!」と苦悶の表情を浮かべた。それを見てラムエナが豪快に笑う。

「オレの特別製だ、どうだい?目が覚めただろう」
「あぁ...毒を盛られたようだ、眠気が...」

椅子にもたれ、天を仰ぐカイラ

「おい、しっかりしろ。一体誰がこんな事を」
「お前だよ!」息を吹き返した
「オレか」
「そうとも」
「ならいいか」
「良くねえ」

「こんな良い弓を頂いていいのですか?」

まだ漫才を見ていたい気がしたが、忘れないうちにお礼を言いたくて割って入る。


「あぁ、いっぱいあるからな、気にするな」
「ありがとうございます、大事にします」

「早く飲め、白けてくるぞ」

ラムエナが急かす

「私はもう白けてるよ」
「苦味が足りなかったのか?」
「甘味が足りねぇ」
「待ってろ」
「お前は何処にも行くな」
「寂しいのか?」
「その話はするな」

──仲良いなぁ...それにしてもいい弓だ







「もうすぐだ、頑張れ」

デカい鉄の塊━━ 私が乗っていたカプセルがあった場所に先導するカイラが時々こうして私を気遣う。彼女がこうして私を気遣うのはありがたいけれど、本当のところを言えば、私は彼女たちよりも体力がある。そんなことを打ち明けたら、どんな顔をするだろうか。カイラの驚いた顔が思い浮かんで、なんだか可笑しくなる。

視界の先に、倒れた木々が何本も横たわっているのが見え始めた。カプセルが落下していく過程で森を引き裂き、通った道を示しているかのようだった。


「着いたぜ、アレだろ?」


カイラが振り返って指差した先。そこには、岩に衝突して潰れたカプセルが転がっていた。入口部分が歪み、内部が少し覗ける状態になっている。


「はい、そうです」
「よーし、探そうぜ」

「待て待て」
「なんだ?!」


カイラがカプセルに近付こうとしたラムエナを掴んで止める。ラムエナが抗議の声を上げるが、無視して私に話してくる


「ウタちゃん、私らはちょっと下りて待ってるから。済んだら教えてね」
「はい、分かりました」


そのままラムエナを下の方へ連行していくので、こっそり内蔵された指向性マイクを向けておく。


「お前な?『探し物はこれかぁ?!』って叫びながらウタちゃんの下着を空に掲げる気か?もうちょっと気を回してやれ」
「ぐぅ...」


今朝の仕返しとばかりに攻めるカイラに静かに従う様子のラムエナ。それにしても、今日のカイラさんはよく喋る。


「さてと...あった」

歪んだ入口を覗き込み、すぐに目的のものを見つけた。焦りのない動作で、それを慎重に拾い上げる。

まずはマガジンを外し、スライドを引く。――カシャリ。勢いよく飛び出した一発の弾丸を指先で器用にキャッチし、再びマガジンに収める。次いでスライドを数度引き、確かめるように動作を確認。念のため薬室をチェックし、マガジンを背中にしまい込むと、銃を構えて狙いを定める。

引き金を引いた瞬間、撃鉄が動き、――カチッと音が響いた。

──バレルが歪んでるかもしれない、バラして確認するまでは使わない方がいいかな

そしてもう一度、カプセルの中に目を向ける。壊れた装置や散乱した部品の間を目で追いながら、わずかに肩をすくめる。


「まさか、本当に『頭のネジ』なんかが落ちてたりしないよね」


こちらの世界に来てから自分でも驚く行動を何度かしているので少し気になったが、頭のネジが落ちてるはずもなく小さな独り言が漏れた。狭い空間に響く自分の声が、少しだけ可笑しかった。



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