第68話 二日目の朝
ほろ酔い加減の誠はカウラの『スカイラインGTR』で男子下士官寮に送られて寮にたどり着いた。
「明日もよろしくね!」
車の後部座席の窓を開けて手を振るアメリアを見送ると、誠は粗末な男子下士官寮前に降り立った。
「おう、神前!」
どうやら隊でのバイクの修理を終えて帰ったばかりという風の島田が玄関先で誠を待ち構えていた。
「島田先輩……熱心ですね。今の時間までバイクいじりですか?」
「そうだ。オメエの部屋は二階の一番奥だ。寝具一式は前の5人が使ってたので良いよな?」
そう言うと島田は下駄箱にライダーブーツを押し込むとそのまま暗い廊下を消えていった。
誠は島田の言われるままに、玄関の隣の階段を上りお世辞にも綺麗とは言えない薄暗い廊下を歩いて突き当りの自室にたどり着いた。
「ここで始まるんだ……僕の社会人生活が」
そう言うと酔いに任せて汗に濡れた下着やワイシャツも脱がずにそのまま部屋の窓際に置かれたシングルベッドに身体を横たえ、眠りに身を任せた。
誠は『特殊な部隊』の二日目を迎えた。
「二日目か……」
誠は下士官寮の二階の自室の窓を開けて空を見上げた。
どこまでも広い空が続いている。
「とりあえずシャワーだな」
大きく深呼吸をした誠はカバンに入った実働部隊の制服を手に、そのまま部屋を出て一階の食堂に向かった。
「おう!神前。着替えなかったのか……さっさとシャワーを浴びて制服に着替えろ!」
掃除の行き届いていない階段を下りて入った食堂では明らかに上座とわかる場所で寮長の島田がプリンを食べていた。
その正面にはなぜか二人の制服姿の女子隊員が腰かけて誠の方に視線を向けていた。
「あのー……ここって男子寮ですよね?」
そう言いながら近づく誠を見て二人は笑顔を浮かべた。
「神前君。昨日はどうだったの?」
水色のショートカットの女性隊員が笑顔を向けてきた。
「どうって……楽しかったですよ」
「ホント?アメリアやかなめちゃんにいじめられたでしょ?」
今度はピンクのソバージュの女子が誠の顔をのぞき込む。
「こいつは俺の舎弟なんだからそんなことねえだろ……あの三人もわかってるって」
島田はテーブルに足を投げ出してヤンキーらしく首に下げたちょい悪を気取った金のネックレスを光らせている。
「うちは馬鹿しかいない『特殊な部隊』だから。早く逃げといた方がいいと私は思うわよ」
そう言うと水色の髪の女性は、隣に座った誠に手を差し伸べた。
「私はパーラ・ラビロフ中尉。運行艦『ふさ』の総括管理担当。つまり、アメリア達の『馬鹿』をフォローする『疲れるお仕事』担当……をやらされてる」
パーラはそう言って立ち上がり、前に見た誠の前のパシリだった少年下士官から朝食のプレートを受け取って誠の前に置いた。
『この人……まともだ……今まで会った人の中で唯一の常識人って感じ』
そのどこか人工的な表情を見ながら誠はそう確信した。
「ラビロフ中尉……となりのピンクの髪の人は?」
「はーい!私はサラ・グリファン少尉です!島田君の彼女なんですよ!」
「へー……彼女ですか」
誠はそのまま白けた瞳を島田に向けた。
「俺は……『硬派』だかんな!清い交際を続けてる訳!つまらねえ詮索(せんさく)するとグーパンチだかんな!」
「正人!カッコいい!」
少し照れながら島田は食べ終えたプリンの容器を先ほどの下士官に渡した。サラは朝からわけもなく盛り上がっている。
誠はとりあえず部隊で一番『まとも』そうなパーラにこの部隊の真実を聞こうと思った。
「ラビロフ中尉。この部隊って……」
「ああ、いいわよ、『パーラさん』で。一応、神前君の先輩なんだから」
パーラはそう言ってほほ笑んだ。誠はシャワーを浴びる前にこの『特殊な部隊』の真実を目の前にいる部隊で数少ない常識人から聞き出すことを決めた。