第67話 備えあれば患いなし
「いやあ、盛り上がった!不愉快なことも多かったけどあの五人もこれだけ酒の肴になれれば辞めても本望でしょ?」
上機嫌でアメリアがビールのジョッキをカウンターに叩きつける。
「そうか?アタシ達より連中の方が不愉快だったと思うけど」
かなめはそう言ってラム酒をチビリとやった。
「これまでの連中とは違っていい感じだったな。最後の『一斗缶』にも前に来た脱落者達の話はしなかったからな。アメリアにそういう話をさせるとは神前はこれまでの連中とは違う」
そう言いながらカウラが立ち上がる。
「もう終わりか?」
レモンハートの瓶を傾けながら、かなめが不服そうにそうつぶやいた。カラオケで盛り上がっていた運航部と整備班の隊員達も歌いつかれたというように帰り支度を始め、誠達の前からはいつの間にか焼鳥盛り合わせが消えていた。
「西園寺さん。明日は金曜日ですよ。勤務があります!それにほら!皆さん帰るみたいですよ、後から来た人達も」
「仕方ねえな」
誠の言葉に明らかに飲み足りないというようにかなめはグラスに残った酒をあおった。
「それじゃあ、お勘定はランちゃんに付けといて……かなめちゃんの酒は現金で生産してね」
「言われなくても分かってるよ!」
アメリアとかなめの言葉を聞くと小夏は跳ねるようにレジに向かう。誠とカウラはそれを見ながら縄のれんをくぐる。
日暮れすぎのアスファルトの焦げる匂いを嗅ぎながら豊川のひなびた路地に転がり出る誠達の前を野良犬が通り抜ける。
「なんだか楽しかったです……それに僕は前の人とは違って水が合いそうです。そんな気がします」
誠はそう言って頭を下げた。
「結構飲んでたが……大丈夫か?」
カウラの気遣いに誠は照れながら彼女の後に続いて『スカイラインGTR』の待つコインパーキングに向かった。
「どうだ……うちは……まあ仕事なんかほとんどねえからな……今の遼州同盟は平和だ……遼南内戦なんかがあった十年前とはわけが違う『司法局実働部隊』?『軍の介入が政治問題になりかねない紛争に介入するための特殊部隊』?今の遼州にそんなの必要ねえって!間違いねえ!」
かなめは手を差し出してくるアメリアに自分のラムの分の勘定を渡しながらそうつぶやいた。
「そうですね……
誠は少ない社会知識を動員してそう言って三人に笑いかけた。
「教官の言ったことをおうむ返しにしても意味が無いぞ。いまだに西のベルルカン大陸では内戦やクーデターが起きている。平和なんて……いつ来るか……うちにいつ出動命令が出るか分からないんだ」
カウラは誠をそう言ってにらみつけた。
「なあに、ベルルカンの失敗国家の清算も進んでるからな。それがらみで出動はあり得る話だ……まあそれは政治屋さんのお仕事で、それこそ軍のお仕事だ。うちは軍事警察……関係無い無い!」
かなめは上機嫌でそう言って誠達を置いて歩き始めた。
「本当にそうでしょうか……」
誠はどうにも納得がいかないというように先頭を肩で風を切って歩くアメリアに話しかけた。
「かなめちゃんの言い分は半分は本当ね。ベルルカンにうちが出張るのはもう少し情勢が落ち着いてからでしょう……選挙監視とか難民の帰国なんかが始まったら助っ人に呼ばれるかもしれないけど……あそこはそこまでにはちょっと時間がかかりそうよね」
誠はアメリアがまともなことを言うのを呆然とした顔で眺めていた。
「でも……そうすると僕はなんで必要なんでしょう?」
「なんで?そりゃあ想定外の事態に備える!それがうちらの仕事だからだ」
けげんな表情を浮かべる誠の肩をかなめが叩いた。
「そう言うものよ、お仕事なんて」
アメリアの笑顔を見ても誠は今一つ納得できなかった。
「そう言うもんですか……」
「そう言うものだ」
念を押すようにカウラはそう言うと車のキーを取り出して誠に笑いかけるのだった。
「それじゃあ寮まで送るぞ!カウラ!車を出せ!」
オーナー気取りのかなめに渋々ポケットをあさるカウラ。夏の夜はどこまでも平和だった。