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8.あなたを守りたい。

「なぜ、嘘をつくのですか。私が、あなたの嘘も見抜けないような愚かな女に見えますか?」
私は心底腹が立っていた。

彼がサイラスに圧力を掛けたというのは全くの嘘っぱちだ。
そんなことをしていたら、サイラスが彼のことを尊敬したままでいるはずがない。
サイラスは彼の淀みのない生き方や人望に憧れていたのだ。

「ミリア、あなたがそう言ってほしそうだったので嘘をつきました」
私のおでこに彼は額をくっつけながら話してくる。
彼のサラサラの金髪が私の額にかかって擽ったい。

「ボディータッチが過ぎます。ルールを作らせて頂きます。私が不要だと判断したボディータッチを3回したら私の言うことを聞いてもらいますよ」

私は前に彼が3回約束を破ったといって、口づけをしてきたことを思い出して言った。

「どんなお仕置きが待ってるのか楽しみで、もっと触ってしまうと思うのですが先に謝っておきましょうか」
彼が楽しそうに言ってくるので、思わず私は拳で彼の胸を叩こうとしたら受け止められてしまった。

「小さい拳ですね。丸っこくて可愛いです」
訳のわからない褒め方をしてくる彼に思わず笑いそうになるのを堪えた。

「あの、くだらないことをしてないで、馬車に乗り込みましょう。時間は有限です」
私は彼と2人きりになる必要があると判断した。
ここはカルマン公爵邸だから、聞かれて困ることは話せない。

私と結婚することによる、大きなデメリットを話しておいた方が良いと判断したのだ。
彼と結婚しないとしても、私は彼が失墜したり、苦しんだりするのを見たくはなかった。

「では、お手をどうぞ。私のたった1人のお姫様」
擽ったくなるようなセリフが様になってしまうから不思議だ。
彼にエスコートされながら、私は馬車に乗り込んだ。
彼の領地に行く目的ではなく、大事な話を誰にも聞かれない場所でするためだ。

「レナード様、お話ししたいことがあります」
私は意を決して彼に打ち明けることをした。
このまま私と婚約して結婚まで駒を進めることは、彼のためにはならないことが分かっていたからだ。

「私は、あなたにハニートラップをかけています。あなたを惑わし、失墜させるスパイです。カルマン公爵家はそういった表に出せないことをして成り上がってきました」
私が言った言葉に彼は目を丸くしている。
彼の驚いた顔が見られた、最後かもしれないけれど本当にどんな表情も素敵だ。

「カルマン公爵家はあなたの想像もつかないような悪いことをしていて、皇権を狙っております。皇帝派の首長でありアーデン侯爵であるレナード様はまさに突き落とすべきターゲットです」

私は声をひそめるようにして彼に伝えた。
彼が顔を近づけて真剣に聞いてくれている。
本当に良かった、これで彼を破滅の道に導かないで済む。

「婚約話が持ち上がった時に、拒否するべきでした。でも、今でも十分間に合います。私のことが気に食わなかったとでも言って、この話をなかったことにするのです」

これが私に彼にしてあげられる全てだ。
私といて彼にとって良いことは一つもない。
彼は対立勢力の女を妻にして、危険がないと思うほど愚かな男なのだろうか。

それとも危険に気がつかない程、私に惚れていた?
さすがに、そんな勘違いをする程私は自惚れていない。
姉のように紫色の瞳も持ってないし、人に夢中になってもらえるような魅惑的な女ではない。

価値がない自分にあがないながら、必死に自分の存在を確認しようと足掻いているだけの飾り気のない私。
社交界で着飾った美しい令嬢たちと踊ってばかりいるレナード様の目にとまるような美貌もない。
彼の周りに着飾った美しい女達が群がっている光景を嫌と言うほど見てきた。

そんな女の群れを掻き分けて、私の元に来てくれて話しかけてくれる妄想くらいはしてきた。
そんなことは一度もなくて私は話しかけてくる老齢の貴族達と話して、彼と踊ることなどなかった。

みんなの王子様、レナード・アーデン。
失墜することなど望んでいないし、これからもその美しさと温和な性格で周りを癒してあげて欲しい。

「ちょっと、おやめください」
私は懸命に彼を突き飛ばそうとしていた。
彼にまた頭がおかしくなるような大人の口づけをされていたからだ。

でも、彼が離れてくれることはなかった。
彼の力が強過ぎてそれは叶わなかったからだ。

「ハニートラップかけてください。ミリアのハニートラップにかけられたいです」
彼が一瞬口づけをやめて、息を切らし余裕のない感じで私に言ってくる。

「ちゃんとかけてます。私の言うことを聞いてください。私をあなたの妻にして良いことなど一つもありません。あるのはリスクだけです。カルマン公爵はあなたの失墜を狙っています。」

私は懸命に彼の胸元を掴んでいった。
気がついて欲しかった、自分が置かれている危険な状況に。

私はレナード様と結婚したとしても、父から彼を引きずりおろすよう言われれば命令に従ってしまうだろう。
それは、私が彼を愛しているとかいないとかは関係なく、私がカルマン公爵家に生まれたことから発する使命だからだ。

「ミリアと結婚することで、私が墜ちるということですか。それが、あなたを手に入れることの代償なら足りないくらいです。私は喜んで受け入れます」

私はもっと賢くて、そこらへんでお茶ばかりしている貴族令嬢とは違ったはずだ。

「堕ちてなどいかないでください、レナード様、あなたには余裕で笑っているのが似合っていますわ。私が敵になってもレナード様なら勝てますし、どんな時にも支えてくれる女が現れると思いますわ」

自分が彼のそばに寄り添っている姿を想像できないのに、他の誰かが彼に寄り添っているのを想像すると苦しかった。
でも、私が今彼にできることは彼を突き放すことだった。

だから、演技でも私に初めて愛していると言ってくれて、私のコンプレックスの瞳の色を好きだと言ってくれた彼を守りたい。
私は守られるよりも、守りたいと思う人間なのだ。

気がつけば、息もできないような口づけを彼から再び受け取っていた。
信じられないことに、私は彼の口づけを受け入れ彼の首に手を回していた。




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