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5話 亜人と人間2






──思ったより早く終わっちゃった。



紫がかった髪を揺らしながら村の道を歩くウタ。早々に薪割りを済ませて時間を持て余し、散歩をしていた。しばらくして小さな家がいくつも並ぶ場所に着く。

「メリセアさん、どこにいるんだろう...行商人がどうとか言ってたと思うけど...」



行商人――都市を行き来する商人なら、いろんな話を知っているかもしれない。日本に戻れる手がかりは期待できそうにないけど、聞くだけ聞いてみよう。

周囲の人々の視線が自分に向いていることに気づいた。遊んでいた子どもたちまでこちらをじっと見ている。


「あの、すみません...」


近くを歩いていた狐耳の女性に声をかけると、彼女は「ひっ」と声を上げて肩をすくめた。ウタは少し申し訳なく思いながら尋ねた。


「行商人はどちらに?」
「村の入口よ...」


早口で答えると、女性はそのまま走り去ってしまう。不安が胸に重くのしかかる。


「なんだろう...戻ろうかな…」


迷いながら歩くウタの視界に、店の前で立ち話をする背の高い二人組が映る。自分を見ている気がして、足が止まった。


──やっぱり戻ろう。


そう決心して踵を返そうとしたとき、その二人組の一人が指をさしてきた。それを見たウタは自然と逃げ出していた。


「待ちなさい!」


カウンターから勢いよく飛び出したルネ。「おいルネ」とカイラの非難する声がするが聞こえない振りをする。


「怪しいヤツ、わたしから逃げれるとでも?」


脚に白い光が集まり始め、二階建ての屋根までひと飛び。
「ヒュ〜♪やるねぇ」ラムエナが下で歓声をあげる


軽やかに村中の屋根を駆け、木々を飛び越えてあっという間にウタに追いついた。


「逃がさないよ!」


真上から声が降り、ルネがウタの前に降り立つ。両手を腰に当てて得意げに微笑むその顔は、自分がヒーローになったかのように満足そうだ。


「ふふ、驚いて声も出ない見たいね。何が目的?」

「き、君は人間なの?」
「何をいうのかと思えば...この耳と尻尾が見えないの?」


「でも……耳、落ちてるよ?」






ふたりの間に沈黙が流れ、尻尾だけが動いている。

足元に目をやると地面にふさふさの耳が一対落ちており、そしてルネの頭にはしっかりと人間の耳がついていた。
ルネは静かにその場にしゃがみ込み、それを拾って元の位置に戻す。そして俯いたまま動かなくなってしまった。

ウタはルネの隣にしゃがみ込み、静かに言った。


「大丈夫、私も亜人じゃないんだ」


ヘッドホンに手をかけ、それを外して見せる。そこには人間と同じ形の耳があった。


「だめっ!誰かに見られたら大変だよ!」


驚き、慌ててウタの手を止める。
ルネは立ち上がり、周囲を確認すると切り株に腰を下ろした。


「亜人は人間を恨んでるのよ...だから君も気をつけて」

「そうなの?どうして?」
「あなた何も知らないのね」


太ももに肘を置き、手に頭を乗せ少し不満そうなウタの顔を覗き込む。


「わたしも黙ってるから、あなたも誰かに喋ったりしないでね」
「うん、分かった」

「素直すぎない...?わたしに耳を見せる必要なかったじゃん...」
「困ってるように見えたから...」


ルネはバツが悪そうに目線を外し「それは、ありがとう」と小さく呟く。
ウタも立ち上がり、ルネの隣に座る。


「ねぇ、君は行商人?」
「うん」

「日本って国は知ってる?」
「日本?聞いたことないなぁ...テオなら知ってるかもね」

「テオって?」
「知らないの!?」

ルネが思わず立ち上がる

「知らないとマズいかな...?」
「災厄のテオって聞いたことない?」

「ないなぁ...」
「あなた何処から来たの?」

「日本」
「どこよそれ」

思わず笑ってしまうルネ、また座る


「日本に帰りたい...」

「...家族がいるの?」

ルネの問いに無言で頷く


「テオって人なら知ってる?」
「分かんないけど、大抵の事は知ってる。アイツ空も飛べるからね」

「え、凄い」
「一度だけ一緒に飛んでもらった事あるんだよ。街が豆粒みたいになってさ、海の向こうにも山があるんだよ。もしかしたらそれが日本かも」

ルネの目がキラキラしている

「...うん、会ってみたいな」
「じゃあ一緒に行く?わたしがいれば絶対会えるよ」

「え、凄い自信だね」
「そりゃあ、わたしの魅力でイチコロだよ!」

「えええ」


ルネは胸を張って微笑む。その自信満々な様子にウタも笑った。


「ルネだよ。よろしくね!」
「ウタって呼んで、ルネ」


握手を交わした二人は新しい旅の始まりを感じていた。



「じゃあ、ウタ。明日のお昼に村の入口でね」
「うん、分かった」


手をあげ、村の方に歩いていくルネ。その背中にウタはひとつ質問してみる


「そういえば、なんで追いかけてきたの?」

「なんで逃げたのさ」


ルネは振り返ると、笑顔で軽く手を振り、そのまま踵を返して村へと歩き去っていった。


──私も戻ろう。










メリセアさんの家に戻ると、玄関先に長身の二人組が立っていた。

「やあ、おかえり」
「...」

「こ、こんにちは...」

不安げに挨拶をするウタ。村でいろいろあった後なので、また何か起きるのかと警戒してしまう。
すると、どことなくメリセアさんの娘と似た雰囲気を持つ羊人族の女性が柔らかく声をかけてきた。


「もう元気みたいだね。さっきは走ってたし」
「エナが指差すから怯えて逃げただけだろ」


カラカラ笑う女性。その隣にいた灰色の髪をした狼人族が低い声で指摘する。


「あ、ルネの店の前にいた……」
「そうそう。なに?もうルネと仲良くなったの?」
「...」

「え、はい……たぶん」


羊人族の軽快な口調とは対照的に、狼人族の鋭い視線がウタに注がれている。ウタは少しオドオドしながら答えた。


「おい、カイラ。睨むなよ。怯えさせてどうする」
「睨んでない……悪い」


狼人族が耳をぺたりと下げると、羊人族が笑いながら自己紹介を始める。


「すまないな。私はメルエナ、この目つきの悪いのがカイラ。昨日、あんたを見つけたのはコイツだよ」

驚いた様子でカイラを見つめるウタ。


「ありがとうございました」
「あ、ああ……」


姿勢を正して丁寧にお辞儀をされてしまい、カイラは少し戸惑ってしまう。
ウタが少し間を置いてから質問を続けた。


「あの……私が倒れてた近くに、何か落ちてませんでしたか?」
「何か盗ったのか、カイラ」


メルエナがニヤニヤしながらカイラを見ている


「何も盗ってない。近くに見たことのない、デカい鉄の塊があった気がする」
「本当ですか?!それ、どこにあるか教えてください!」


ウタが勢いよく距離を詰めると、思わずカイラは少し仰け反った。耳がピンと上を向く。


「おいおい、明日にしな。もう陽が落ちるぞ」
「でも、明日のお昼には村を出る予定なんです。それまでに探さないと……」

「そうなのか?また急だな...まあ、朝早く行くならオレもカイラもついて行ってやるよ」
「勝手に決めるな」
「来ないのか?」
「行く」
「じゃあ決まりだな」


息の合った漫才のようにテンポよく話す二人に、ウタはただ圧倒されるばかりだった。


「今日は泊まっていくんだろ、ウタちゃん。カイラ、お前はさっさと帰れよ」
「...」


ジッとウタを見つめるカイラ。身体を観察しているようだった。


「あ、あの……?」


──さっきは顔を見られてたけど、今度は身体...何なんだろう、この感じ...


「……いや、明日早めに来い。仕上げておく」


そう言い残しカイラは走早に去っていく。メルエナが面白がるように笑って肩をすくめた。

「気に入られたみたいだな。さ、冷えてくる前に中に入ろう」

そう言われて、ウタは家の中に誘導される。


「はは...この村の人たち、みんな個性的すぎる...」


小声で呟いたウタの心情を知る者は、その場にはいなかった。





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