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4話 亜人と人間1





「「いただきます!」」


ふたりの幼い声が部屋に響く。メセリアさん――羊をルーツに持つ亜人の女性――が介抱してくれたおかげで、こうして彼女とふたりの娘、フロエラとメルフィ、そして私の四人で食卓を囲んでいる。

小さなテーブルには、手作りのパン、煮込んだ豆と見たことのない葉物野菜、そして驚くべきことに焼きたてのお肉が並んでいた。香ばしい匂いに胸が高鳴る。これは猪肉だろうか?羊人族でもお肉を食べるのだろうか。


「おにくだーー!」
「おにく好きー!」


ふたりが無邪気に叫び、笑いながら手を伸ばす。

「ケンカしないで、ちゃんと分けて食べようね」


メセリアさんが優しく諭す間もなく、ふたりは口いっぱいにお肉を頬張る。その姿を見て、つい微笑んでしまう。羊のような耳をピクピク動かしながら、お肉を食べる子供たち――なんだか微笑ましい光景だ。


「いただきます」
「はい、召し上がれ」


メセリアさんに促され、私もお肉から手をつける。口に含むと、ジューシーな旨味が広がった。肉を食べるのは久しぶりだ。元いた世界では、「アンドロイドなのに食べるの?」なんて驚かれることもしばしばだったけれど、そのたびに「乙女の秘密です」と返せば、キャンディ博士の助言通り、それ以上突っ込まれることはなかった。


「食欲もあるみたいで良かった」


メセリアさんがにっこりと笑う。その笑顔に、彼女の暖かさと、どこか博士を思わせる面影を感じる。


「もう、うちの子になっちゃう?」
「メセリアさんも食べてください」
「はい、食べまーす」


少しイタズラっぽい表情を浮かべて答える彼女。こんな人なら、きっと旦那さんも尻に敷かれているに違いない。


「そういえば、メセリアさんが私をベッドまで運んでくれたんですか?」
「ううん、ラムエナと狩人のカイラよ。そのカイラが近くの森で倒れてるあなたを見つけたって聞いてるわ」

「『彼ら』にはどこで会えますか?お礼を伝えたいんです」

倒れていた場所にはおそらくカプセルと銃が残っているはずだ。早く回収しなければ危険だ。

「...ラムエナなら日が落ちる前に帰ってくるはずよ。カイラは...ちょっと寡黙でよそ者を嫌うタイプだけど」

そう言いながら、メセリアさんはメルフィの口元を丁寧に拭いている。そしてふと私に目を向け、こう言った。

「でも、ウタちゃんなら平気ね」
「え、どうして...」
「それはまた夜にでも話しましょう。これから行商人のリオンが来るから塩を買ってこないと」

「じゃあ、私はふたりを見てましょうか」

フロエラが眠そうなメルフィの手を引いて寝室に向かう様子を見ながら提案してみる。しかし、メセリアさんは少し驚いた顔で私を見る。

「あのふたりは大丈夫よ。ウタちゃんは、何かしてないと落ち着かない?」
「...すみません」

「無理もないわ、話せるようになったら話してね」
「はい...」

自分が焦燥感に駆られていることに気づき、少し恥ずかしくなる。博士の元に戻らなければ。銃を回収して情報を集めなければ――そんな考えが頭を支配していたのだ。

「じゃあ納屋に斧があるから薪割りを頼んでもいい?」
「はい、任せてください」








外にある納屋から形の異なる二本の斧を母屋の近くに運び出す。ライブラリに保存された知識がなければ、きっとこの作業は途方に暮れるだけだ。そう思うと不安に押し潰されそうになる。ちょうどメセリアさんが外に出てきた。


「冬はまだ先だから、急がなくていいわよ。じゃあ、行ってきます」
「はい、いってらっしゃい。お気をつけて」

「ふふ、メイドを雇ったみたいね」


悪気のない笑みを浮かべながら、彼女は軽快な足取りで出かけていく。


「さて...」
『ライブラリを参照します。薪割り斧の種類、薪割りのやり方(初心者向け)』

情報を確認しながら、薪割り用の切り株に薪を置き、恐る恐る初めての一振りを試みる。斧が木を割る軽快な音が響き、どこか胸に溜まっていた焦りや不安が、音とともに霧散していく気がした。



◇□


リュッカ村の入口近く、いつもの場所に馬車を停める。パンを片手にかじりながら、ルネは店を開く準備に取りかかった。
今の季節、この村で売れ筋商品といえば塩だ。乾いた土の上に厚手の布を広げ、大きな岩塩の袋をズラリと並べる。そのうちのいくつかは大胆に口を開け、中身を見せる形で陳列。今日は快晴で雨避けの布も不要。無駄を省くのが商売上手の秘訣だ。
塩に加えて、冬物の衣類も少量並べている。それから、少し贅沢な一品として姿見の鏡まで。高価で珍しい品だが、こういう目玉商品はお客の目を引く。行商人で姿見を扱う者など、師匠のリオンくらいのものだろう。

「服よし!耳よし!尻尾よし!笑顔よし!かい、てーーーん!」

ルネは姿見に映る自分をくるくる回りながらチェックし、朝を告げるニワトリよりも大きな声で開店を宣言した。
長い金髪を左側でまとめ、垂らした特徴的な髪型。同じく金色の瞳に、猫を思わせる動きの多い耳と尻尾。愛嬌たっぷりの姿に、周囲の人々も「ルネが店を開けた」とすぐに気づく。

そこに、村の奥から弾丸のように駆け寄る影があった。

「ルネ!会いたかったー!」

灰褐色の髪に鹿のような角を生やした女性、ミリアナだ。
ルネが笑顔で応じようとする間もなく、その突撃を受け、抱き締められてしまう。ミリアナは耳元で囁くように言った。

「今夜、うちに泊まっていきなよ。いいお薬もあるしさ♡」

「うっ……!」

ルネは思わず声にならない声をあげ、体を震わせる。しかし、慣れた手つきで彼女を振り払うと、そばに置いていた木箱を持ち上げる。

「ほら!ミリアナさんのご注文の品、乳鉢とガラス瓶、それに薬調合用の道具一式!どうぞ!」
「えっ……、あ、ありがとう……おいくらですか?」

どこか不満そうなミリアナに、赤い顔をしたルネは強引に品物を押し付け、料金を受け取るとさっさと彼女を追い返す。

「ありがとうございました~!」

去っていくミリアナの後ろ姿に声をかけつつ、ルネは膝を抱えてその場にしゃがみ込む。そして商品の影に隠れ、こぼれる本音を呟いた。

「あ゛あ゛ぁぁ……私だって泊まりたいけど無理なんだよお゛ぉぉ……!」

だが、そんな嘆きも束の間、すぐに新しいお客が訪れる。

「あの、塩を小袋でひとつ……」
「おい!ルネ、ボーッとしてる場合か!」

隣で革の買い取りをしている師匠のリオンが注意を飛ばしてきた。

「す、すみません!何をお求めですか!?」

涙と鼻水をぐしゃぐしゃにしながら、ルネは慌てて店の奥から顔を出した。そのあまりの姿に、目の前のお客も一瞬、引きつった表情を浮かべる。

「ご、ごめんなさい!何をお求めで!?」
「塩を、小袋でひとつ……」

お客の困惑をよそに、ルネは慌てて顔をボロ切れで拭い、麻袋を手に取る。

「はい!銀貨1枚です!」
塩を袋に詰めながら、丁寧な口調で続けた。


「この麻袋は保存には向かないので、早めに壺などに移し替えてくださいね」
「ええ、わかったわ。ありがとう」


お客は微笑みを返し、塩を受け取ると店を後にする。


「ありがとうございました!」


笑顔で見送りながら、ルネはようやくひと息ついた。そして、ぽつりと小さなため息を漏らし、ぼんやりと空を見上げる。


「どうした、なんか元気ないな」


低く響く声に振り向くと、狼人種の師匠リオンが腕を組んで立っていた。大柄な彼女の姿はいつも通り堂々としているが、その目は心配げだ。


「師匠……私、この仕事向いてないかもしれない」
「はっ、何を今さら言い出すんだ」


呆れたようにリオンは腰に手を当てるが、ルネの様子は上の空。そんな彼女を見てため息をつきかけたそのとき、リオンの目が何かを捉えた。


「おい、お前の好きなふたりがやってきたぞ」
「え?」


慌てて辺りを見回したルネの視線の先、森の方から二人の影が近づいてくる。背が高く、スラリとした体つきが目を引くその二人は、それぞれ大きな麻袋を肩に担いでいた。


「おおぉ!?リュッカ村一の『麗人』コンビ、ラムエナさんと狩人カイラさんじゃないですか!」


見る見るうちにルネの顔が明るくなり、手を大きく振る。その様子にラムエナは苦笑いを浮かべながら軽く手を上げ、カイラは無言のまま静かに歩み寄る。


「やあ、ルネちゃん。久しぶりだね。今日も元気そうだ」
「……」


ラムエナが柔らかく声をかける横で、カイラは相変わらず寡黙だ。その二人を見て、リオンは「やれやれ」といった様子で店を出ようとするが、ラムエナが呼び止めた。


「待って、リオン。革の買取りを頼みたい」
「ん」


そう答えると、ラムエナは大きな麻袋を乱暴に投げた。それを片手で難なく受け止めたリオンは、「ちょっと待ってろ」とだけ言い残して隣の店へと消えていく。


「最近、何か変わったことありました?」


ルネがふたりに話しかけると、ラムエナが首を傾げながら笑った。

「ん~、特にないね。いつも通り平和だよ」
「おい昨日、女の子を拾っただろ」


カイラが低い声で言うと、ラムエナは肩をすくめて苦笑いを浮かべる。


「あ、そうだったね。森の近くで倒れてたんだよ」
「私の家でいいのに、エナは『オレの家まで運ぶ』って聞かなくてさ」

「いやカイラ、お前の血生臭い家に連れて行ったら怯えられるだろ!?」
「元気あり余ったガキがふたりいる家に運んだら、うるさくて寝られないだろ」

「まぁまぁ、ふたりとも。どんな女の子だったんです?」


慣れた様子でふたりを宥めるルネに、ラムエナがふと思い出したように指を指した。


「あ、そうそう。ちょうどあんな感じの子で──」
「ん?」


ルネがカウンターに身を乗り出し、指さした先を見た。その視線の先には、紫がかった髪を揺らしながら歩く、一目で場違いだとわかる雰囲気の少女がいた──



□◇



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