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初日④  失敗への不安

「まったく、何をするか! 危うく死にかけたぞ!」
「うふふ、ごめんねぇ。でも、タロちゃんが悪いんだよ? だってめちゃくちゃ可愛いんだもん」
「ボインちゃんだから許す」
「ありがとー」
「何なの、その許し方。姉ちゃんもそんな理由で納得しないでよ」

 はあ、と太郎は溜め息を一つ吐く。
 最悪だ。騒がしい人物がもう一人増えた。

「でもでもっ、ねぇ、太郎ちゃんにタロちゃん、今の話って本当なの?」

 あの後、泡を吹いて失神してしまったタロを救出する事に成功した太郎であったが、それで美少女の好奇心が収まるわけがない。

 この可愛い子は誰だの、誰の子だの、もう一度抱かせてくれないかだのと、キラキラと瞳を輝かせながら太郎を質問責めにして来たのだ。

 何とか適当な理由を付けて追い返したかった太郎であったが、この不思議な二頭身少年を見られてしまっては、適当な理由など通用しないと、太郎は瞬時に理解した。

 そのため、太郎は彼女を居間に上げて、仕方なくこれまでの経緯を話したのである。

 もう一つの世界からやって来たと言う、この不思議な少年の話を……。

「何だ、タロー、話したのか? このボクの武勇伝を!」
「武勇伝は話していないけど、キミが僕にしてくれた話はしたよ」

 そして美少女にその話を終えた時、丁度良いタイミングでタロが目を覚ましたのである。

「ふふん、如何にもその通り! タローの話は全てが真実! このボクこそが、大天才魔法使い、タロ・ヤマーダ、その人である!」
「……」

 一言もそんな事を言った覚えはないのだが。

 しかし呆れた表情を浮かべている太郎の事などさておき。
 美少女はテーブルの上で踏ん反り返っているタロに、輝かんばかりの期待の眼差しを向けた。

「魔法使い……それって、火とか風とかを詠唱とともにバーンっと撃ち放つ戦士の事よね!?」
「その通り! さてはキミも、ゲームヲタクか!」
「すごいすごい! 魔法使いってそんな事も分かっちゃうのね!」
「フッ、当然だ」
「素敵ーっ!」
「……」

 何、この展開。姉ちゃんのテンションに付いていけるタロも凄いけど、タロの話に付いて行っている姉ちゃんも凄いと思う。

 きゃいきゃいと何故か話が盛り上がっている中、一人、話に付いていけていないこの家の住人が溜め息を吐くが、盛り上がっている二人は住人に構う事なく更に会話を続けた。

「ところでボインちゃん、キミは一体何者であるか?」
「あ! ごめんなさい、私ったら話に夢中で、すっかり忘れていたわ」

 タロに指摘された事でようやく気が付くと、美少女はコホンと咳払いをしてから、ニッコリと微笑んだ。

「申し遅れました。私は枯野樹(かれのいつき)。太郎ちゃんの一つ年上で、近所に住んでいます。太郎ちゃんとは、俗に言う幼馴染って関係かな」
「なんと! さすがは幼馴染マニア! 両手に(マニア)
「何それ、さっきの話まだ引き摺ってんの?」
「周りが幼馴染ばっかりとか、逆に引くわー」
「だから幼馴染は関係ないって言っているだろ」

 タロが冷め切った白い目を向ければ、太郎は苛立ちと呆れを含んだ眼差しを彼へと向け返す。

 すると「テーブルの上に立つのは良くないよ」とタロをテーブルの上から下ろしてから、ボイン美少女こと樹が首を傾げた。

「でも太郎ちゃんにタロちゃん? 妃奈子ちゃんと太郎ちゃんを恋仲にするって言っても、どうするつもりなの?」

 小さい頃から一緒にいるんだから、恋人になれるんなら、もっと早くにくっ付いているハズでしょ、と樹が眉を顰めれば、太郎は溜め息を吐きながら迷惑そうに眉を顰めた。

「どうもこうも……。僕としては、どうもして欲しくないよ。僕は今の妃奈子ちゃんとの関係で満足しているんだから。逆に告白して断られて……気まずくなって今の関係が壊れてしまう方が嫌だよ」
「何、案ずる事はない! 何故ならこの大天才魔法使いが付いているのだから! 安心して泥船に乗った気でいたまえ!」
「タロちゃん素敵! さすが大天才魔法使い!」
「ねぇ、僕の話聞いてる?」

 恋愛事情なんて、自分にとっては最もデリケートな感情なのに。それなのに何故、他人に引っ掻き回されなければならないのだろうか。
 しかも訳の分からない異世界の追試試験にされるだなんて、もう最悪としか言いようがない。

「いいえ、太郎ちゃん。これはチャンスなんじゃないかしら?」
「チャンス?」

 ふいに聞こえたその言葉。
 それに視線を向ければ、そこにはふわりと優しく微笑む樹の姿があった。

「幼馴染として、これまで仲良くお友達やって来たけど。でも、本当は妃奈子ちゃんが好きなんでしょ? だったら良いチャンスじゃない。タロちゃんに協力してもらって告白してみたら?」
「い、嫌だよ! だって、僕にはそんな勇気ないし、失敗したらもう今の関係には戻れないし……。それに、僕は今のままで満足しているんだ。妃奈子ちゃんの事は好きだけど、別に恋人関係になりたいわけじゃない。このままずっと、友達でいたいんだ」
「ふーん。で、それは本当?」
「え?」
「それは本当だって、心の底から言えるの?」
「そ、それは……」

 滅多に見せない真剣な表情。
 樹の射抜くような瞳と言葉が突き刺さり、太郎は思わず彼女から視線を逸らした。

「もし、妃奈子ちゃんに彼氏が出来たとしても、あなたは心から「おめでとう」と言う事が出来るの?」
「……」

 確かに「おめでとう」は言えるだろう。それも満面の笑顔付きで言う事は出来るし、それによってその先も友達同士でいる事が出来る。

 だけど、

(それはきっと、心からじゃない)

 妃奈子の望む言葉は、いくらでも与えられる自信はある。
 もちろん、それが偽りの言葉である事を、彼女に気付かれない自信だってある。
 彼女だけではない。自分も、周囲の人達も、生涯ずっとその偽りの言葉で騙していく事が出来る。
 バレない自信しかない。

 そして本心には蓋をして、心の奥底に封印し、何れは消してしまうのだ。

 何故、自分を選んでくれなかったんだと言う、妃奈子に対する自分勝手な恨み。
 彼女を奪い取った彼氏に対する、憎しみに近い呪い。
 そして一歩を踏み出す事の出来なかった、自分に対する後悔の念。

 それらはきっと誰にも気付かれる事なく、時間とともに消滅していくのだろう。

 でもその代わり、自分の望んだ妃奈子との友達関係は続けられるハズなのだ。

 彼女との関係が壊れるくらいなら、そっちの方が幸せなんじゃないだろうか。

「それに、僕には妃奈子ちゃんに告白する勇気なんかないよ。僕が告白する事によって、今の関係が終わってしまうかもしれないんだ。妃奈子ちゃんが二度と僕に微笑まなくなる、話はおろか、挨拶すらしてくれなくなる。妃奈子ちゃんと疎遠になってしまう……僕はそれが、一番怖いんだよ」
「何、案ずる事はない!」
「え?」
「だから、このボクがいるのではないか!」

 妃奈子に告白する事で生じる不安。
 しかしその不安を一気に吹き飛ばすような、堂々とした大きな声が響き渡る。

 樹に注意されたばかりにも関わらず、再びテーブルの上に飛び乗ると、声の主であるタロは堂々と仁王立ちをして見せた。

「ボクとて、遊びでキミの恋を引っ掻き回そうとしているわけではない! 全身全霊を賭けて、キミの恋を成就する気でいるのだ! 大丈夫だ、ボクの持つ全ての魔法と知識を駆使して、必ずやキミと妃奈子を恋仲にしてみせる! だから信頼してボクに任せてくれ!」

 ドンと胸を叩き、踏ん反り返っているタロは、傍から見れば頼もしく見れるのだろう。
 現に樹は、「さすがタロちゃん! 素敵―!」と感動している。

 けれど、

(確かにタロは頼もしいと思うよ。だけど、彼が妃奈子ちゃんと恋仲にしようとしているのはタロじゃなくって、僕だ。いくらタロが頼もしくとも、僕に魅力がなければ、妃奈子ちゃんは僕の事は選ばない。そして僕には、妃奈子ちゃんに好かれる要素が何一つとしてない)

 勉強だって運動だって、得意でもなければ不得意でもない。
 容姿だって秀でているわけでもなく、大人しそうで不良達に絡まれるレベル。
 そしてその不良達を自らの力で追い払う事が出来るわけでもなく、お金を取られるか逃げられるかは運次第。
 もちろん、その頼みの運だって、特別に良いわけではない。

 秀でているところが何もない、ただ昔から一緒にいただけの存在。

 そんな自分に、妃奈子が恋仲になりたいと思う程の好意を持ってくれるとは思えない。

 どんなにタロが頑張ってくれたとしても、自分の恋が叶う事はこの先ずっとない。

「気持ちはありがたいんだけど……でも、タ……」
「ボクとて進級が懸かっているのだ! 適当にやるわけがなかろう!」
「……うん、そうだったね」

 そうだった。自分の恋が叶わないと、この人進級出来ないんだった。
 ちょっとだけ罪悪感を覚えて損した。

「それはそうとタロちゃん? あなたって、この世界のもう一人の自分がいるパラレルワールドってところから来たのよね?」
「いかにも」

 ちょっとだけ落ち込んでいる太郎はさておき。

 樹は「そう言えば」と何かに気が付くと、再びキラキラとした期待の眼差しをタロへと向けた。

「って事は、そっちの世界には、もう一人の私がいるって事よね!? 太郎ちゃんとタロちゃんみたいに対になる存在が! ねぇ、そっちの私ってどんな人!?」
「……ノーコメントでお願いします」
「え?」
「話したくない……です」
「え、あ、そう……」

 安易に話してはいけないと言う決まりでもあるのかと思ったが、どうやらそう言うわけではないらしい。
 全てにおいて、自身に満ち溢れた表情で話していたタロが、初めて見せた怯えの表情。
 そして樹からそっと視線を逸らすこの動作。
 それから察するに、どうやらパラレルワールドにいる樹は、口にしたくない程にロクでもない人物らしい。
 もう一人の自分がロクでもないヤツと言うのはショックだが……。
 とりあえず悲しいので、この話題には二度と触れないでおこうと思う。

「じゃ、じゃあタロちゃん!」

 しかしそれでもすぐに立ち直るところが、彼女の長所なのだろう。
 樹はパッと顔を上げると、三度キラキラとした期待の眼差しをタロへと向けた。

「魔法見せて!」
「む?」
「ほら、魔法なんて話で聞くばかりで、実際には見た事がないから! ほらほら、太郎ちゃんもいつまでも泣いてないの! ね、太郎ちゃんも見てみたいでしょ? タロちゃんの天才的な大魔法!」
「別に泣いてないけど……でも、うん、確かにそうかも……」

 そう言われてみれば、タロの言う魔法とやらをまだ見せてもらっていない。

 タロ自身、二頭身体型と言うありえない姿をしているので、彼のありえない話も何となく信じてしまったが。

 本当に、魔法なんか使えるのだろうか。

「うむ……そうか……」

 樹に催促され、太郎も彼女の意見に頷けば、タロは少しだけ考える仕草を取って見せる。

 そしてそれもそうだと思ったのか、タロは程なくして「よし」と誇らしげに頷いた。

「そこまで頼まれてしまっては仕方がない! 良いだろう! このボクの超魔法を、特と見せてしんぜよう!」
「本当!? やったあっ!」
「では、手始めに雷魔法を……」
「うええっ!? ちょ、ちょっと待って!」
「む、どうした?」

 快く了承してくれたタロに樹が歓喜の声を上げる一方で、太郎が慌てて待ったを掛ける。

 冗談じゃない。雷魔法など落とされて堪るか。

「か、雷魔法って、あのゲームとかでよく見る、黄色い稲妻がダダダダーンッて落ちるヤツだよね!?」
「いかにも」
「いかにもじゃないよッ! そんなモノ落とされたら、家が壊れちゃうじゃないかッ!」

 雷魔法と言えば、ズバーンッと言う轟音とともに、敵を撃ち抜く雷撃を落とす魔法……と考える人が多いだろう。
 しかし、そんなモノをここに落とされたら堪ったモンじゃない。
 家はおろか、自分達だって無事じゃ済まないだろう。

「大丈夫よ、太郎ちゃん。そしたらタロちゃんに魔法でなおしてもらえば良いんだから。家も、私達も」
「そう言う問題じゃないよッ!」
「何、案ずる事はない」

 しかしお気楽な樹や涙目の太郎にフッと口角を吊り上げると、タロはドンッとその小さな胸を叩いた。

「このボクが、そんな人様に危害を加える事などするハズがない。大丈夫だ、きちんと道徳の勉強はしてある。安心したまえ」

 は? 人の恋を掻き回しに来たヤツが、道徳が何だって?

 そう聞き返したかった太郎であったが、ここは敢えて言わない事にした。

「さ、タロちゃん、早く早くー!」
「早くじゃないよ、姉ちゃん! 他人事だと思……」
「では、特とご覧あれ! タロ・ヤマーダの大魔術ッ!」
「いや、ちょ、待……」

 しかし太郎の制止の声など聞くわけもなく。

 タロは声高らかに叫ぶや否や、どこからともなく取り出したペロペロキャンディを、高々と掲げた。

 そうか、これ、魔法のステッキだったのか。

「ペケポンペケポン! 雷よ、落ちろー!」
「ぎぃやーッ!?」

 タロが魔法の呪文(?)を唱えれば、自身に襲い掛かる激痛に備えて、太郎が咄嗟に頭を抱えて蹲る。

 そして、

「……?」

 パッと、部屋が真っ暗になった。

「え?」
「あら、真っ暗」
「どうだ! ボクの超魔術はッ!」

 真っ暗なためによく見えないが、この自信満々な声から察するに、彼は今踏ん反り返る程胸を張っているのだろう。

「なん、これ…?」
「む? 魔法だが? 他に何だと言うのだ?」
「電気、消えたんだけど……」
「うむ! これぞ、タロ流雷魔法の応用編! その名も『立たずして電気を消す!』だっ!」
「凄いわ、タロちゃん! さすが大天才魔法使いね!」
「あの……じゃあ、そろそろ電気付けてくれる? 暗くて何も見えないから」
「それは無理だな。ボクはまだ光魔法を習っていないからな」
「……何が違うの?」
「電気を消すのが雷魔法、電気を付けるのが光魔法の違いだ。だが安心しろ。魔法でブレーカーを落としただけなので、上げれば元に戻る!」
「さすがタロちゃん! 天才がすぎるわ!」
「……一つだけ聞いても良い?」
「む、何だ?」
「キミの世界の雷魔法って、みんなこんな感じなの?」
「いや? 他の生徒達は、ただ黄色い稲妻を走らせ、対象物にダダダダーンッと電撃を落とす事くらいしか出来ない。ブレーカーを落として電気を消すと言う芸当をやってのけるのは、このボクぐらいだ。フッ、パンピーめ」
「……」

 タロの追試試験にただならぬ不安を覚えるとともに、何でタロが追試試験を受ける事になったのか、何となく分かった気がした。

しおり