031 一応、お友だち
「今日は何をしにいらしたのですか、マリアンヌ嬢」
応接間には、薄いピンクの巻き髪に赤いドレス。
そして安定に金の装飾品を付けた、マリアンヌが来ていた。
朝一で面会をと見えたらしく、少し待たせてしまったのだけど。
にしても、このゴシップを笑いに来たとするならばよっぽど暇人なのね。
「ずいぶんな言い様ではないですの? これでもあなたの顔を見に来たのですよ。モンブラン……、いえ、ミレイヌ嬢」
「珍しいこともあるのですね」
「まぁ。思ったより元気で何よりですわ」
惨めな私を笑いにきた、というわけではさすがになさそう。
憎まれ口をたたいているとはいえ、彼女からそういった嫌らしさは伝わってはこなかった。
どことなく心配してくれているような気もするのだけど。
余裕がなさすぎる自分に嫌気がさす。
「わざわざそれを言うために来たんですの?」
「まさか。わたくしだってそこまで暇ではありませんのよ」
「では?」
「シルビア公女の件ですわ。おそらくあれは公女が書かせた記事だと思います」
「どうして?」
「ランド様は別に公女のことなど、興味がなかったはずです。わたくしたちは幾度か騎士団の練習を見学していますが、お二人が密会などしていたことはありません」
そういえば、マリアンヌにはこの前も城で会ったわね。
ランドに気があるとは思っていたけど、そんなにも足しげく騎士団の練習に通っていたのかしら。
でもそんなマリアンヌたちが見ていないってことは、本当にただのゴシップってことなのかもしれない。
「もっとも、シルビア公女が一方的にランド様を狙っていたという話は他の令嬢たちからも出ていますわ」
「そうなの?」
「元々ランド様は身分が高い方ではなかったから気にも留めていなかったようですが」
「ああ。この国の英雄として帰還されたから」
それで欲しくなったってことか。
しかもその結婚相手は白豚と罵られるような令嬢。
身分も美貌も自分より劣るのならば、自分のモノに簡単に出来るって思ったのかもしれないわね。
「結婚式の後から、猛烈にアプローチしてたようだと聞きましたわ」
「でもそんな情報を、どうして私に?」
マリアンヌだって、ランド様を狙っていたうちの一人なのに。
敵の敵は味方みたいな?
でも、これでも私は妻なんだけど。
「今回のやり方が汚いからですわ。正々堂々と告白するならまだしも。こんな風にゴシップを出して、まるで外堀を埋めるような卑怯な人は嫌いです」
「ふふふ、なにそれ」
「笑ってますけど、もっと怒っていいのですよ。もし仮に好きになってしまったのなら、ただ告白すればいいだけではないですの。もちろんそれで玉砕するなら、その時はその時です」
なんか潔いというか、なんというか。
それでも、相手は既婚者なんだってば。
でもまぁ、確かにシルビア公女のやり方よりかはマシね。
「それを言いに来たの?」
「まぁ、そうですわ。でも今回のゴシップ誌は、きっと他の人たちの思惑も入っていると思いますわよ」
「ああ、なんか貴族間の結婚は~なんて締めくくられていたものね」
パッと見は二人の熱愛発覚についてだけど、おそらくあの記事が言いたいのは最後に書かれていたことだろう。
元々、親同士が決める貴族間の結婚には声は小さくとも反対が一定数あった。
みんな言えなくたって、本当はマトモに恋愛がしたかったから。
でもずっとそれを諦めてきた。
だからこそ二人の熱愛は夢があり、若い子たちからは支持されるんじゃないかな。
「それこそ、大事になりそうね」
「ええ。親が決める結婚は反対だとか、きっとね」
言ってはダメなのだろうけど、めんどくさい話ね。
こんな形じゃなけれな、私だって賛成出来たのだけど。
わざわざランドを使いつつ、公女の思惑通りっていうのがすごく嫌だもの。
「きっとランド様はしばらく城から帰って来れないと思いますよ」
「ああ、そうですね」
「でもそれはきっと、今回の聞き取りや調整だと思いますわ」
「ああ、たしかに」
「きっと意図があるとか、公女との愛で帰って来ないことはないと思います」
「ええ……ん?」
ここまで会話をしていて、ふと気づく。
先ほどからマリアンヌは一貫して、同じようなコトを言ってるってことを。
生返事しかしていなかった私は、マリアンヌを見上げた。
すると私が気づいたことが分かったのか、プイっと顔を横に背ける。
「まぁ、だからこれでも食べて大人しく待ってなさい」
「え、あ……」
「じゃぁ、そういうことですから。何かこちらで分かったらすぐ連絡差し上げますし。気にしたら生きていけませんからね」
「うん……ありがとぅ」
マリアンヌはお手製なのか、とても形の綺麗な焼き菓子のセットを私の前に差し出した。
よく見ればマリアンヌの耳は赤い。
わざわざ何を言いに来たのかと思ったけど、私をわざわざ心配しにきてくれたんだ。
しかもこんなに朝早く、お菓子まで焼いてきて。
「ありがとうマリアンヌ嬢。心配してくれて」
「べ、別にそんなんじゃありませんことよ! 張り合いがない貴女など、意味がありませんからね。だからちゃんと食べなさいよ」
「うん」
私がほほ笑むとマリアンヌは満足そうに一度頷き、帰って行った。