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030 不倫というゴシップ

 珍しくランドが屋敷へと帰らなかった日の朝、驚くほど大きな音を立てながらシェナが私を叩き起こしにきた。

「のんびり寝ている場合などでなありません、ミレイヌ様。とっとと起きて、着替えて下さい‼」
「なによもう、そんなに大きな声を出して。びっくりするじゃない」

 こんな風に慌ただしく起こされるのは、いつぶりかしら。
 あー、ランド様たちが国に帰還するって決まった時以来ね。

 あの時は国中が歓喜で沸き立っていたからなぁ。

「ボケっとしないで下さい、ボケっと」
「朝一からそう怒らないでよ、シェナ」

 珍しく気が立っているシェナをこれ以上怒らせるわけにもいかず、私は起きて着替えを始める。
 その間も、シェナは何か紙切れを持ったまま、私が終わるのを待っていた。

 最近はいろんなことを自分で出来るように頑張ってはいるけど、でもそれにしても今日は異様な違和感がある。
 着替えてソファーへ座ると、私はシェナを見上げた。

「で? 何があったの?」
「……」

 先ほどまでの怒ったような表情ではなく、シェナは急に何かを考えるように私をジッと見つめた。

「どうしたの? 何かあったから、慌てて起こしにきたのでしょう?」
「そうです……」
「珍しく歯切れが悪いじゃない。その紙は?」

 今にも握りつぶしそうなシェナの手の中の紙を、私は指さした。
 シェナは紙に視線を一度落としたあと、視線を泳がせる。

 なんか、腹が立った勢いでここまで来たけどって感じね。
 シェナにしては珍しい。
 いつも憎まれ口をいくら叩いたって、こんな風に冷静さを欠くことなんてなかったのに。

「あの……」
「うん」
「強いお心を持って、お読みください」

 どこか諦めたように暗いシェナは、握っていた紙を私に差し出した。
 
 新聞? なにかしら。

「え?」

 その新聞には、大きく一面に抱き合う男女の絵姿が書かれていた。
 そして注釈に、二人の名前が書かれている。

 男性はランド。女性はシルビア……この国の公女だ。

「なにこれ」

 耳に付く心臓の音も、胸の息苦しさも無視して、私は書かれていることを読み始めた。

『大スクープ⁉ 愛する二人の密会現場』

 そんなどこかのゴシップ誌を思わせる見出しだった。
 
 内容は、貴族の親同士が決めた婚姻により引き裂かれた純愛。
 愛し合う二人は、結婚をした後も密会を重ねていた。
 真実の愛はココにありと書かれ、最終的には貴族間の愛のない結婚が悪だと締めくくられていた。

「真実の愛? ランド様は……シルビア公女様を愛していたってこと?」
「分かりません」
「だって、そう書いてあるじゃない!」
「書いてあることの全てが、真実であるとは限りません」

 そんなの言われなくたって分かってる。
 向こうは、そんなウソで溢れたような世界だったから。

「でもさ、昨日ランド様は帰らなかったよね?」
「……はい」
「それでこの記事だよ? つまり、そういうことなんじゃないの?」

 私はシェナを見上げた。
 シェナは申し訳なさそうに下を向き、強く拳を作っている。

「シェナだって、そう思ったからコレを私に届けたんだよね?」
「……」

 無言は、肯定に思えた。
 だからあんなにもシェナは怒っていた。

 だって、これが真実かもしれないって思ったから。
 そしてそれを一番に私に伝えないとって思ったから。

「……ごめん。シェナを責めてるんじゃないの」
「分かってます」
「うん……ごめん」
「どうしてミレイヌ様が謝るのですか」
「うん……でも、ごめん」

 シェナの気持ちを汲むことも出来なくて。
 ただ一人、どうすることも出来ない自分がいた。

 考えたら私は、ランド様のことを何も知らない。
 シェナの言う通り、もっとちゃんと話し合うべきだったんだ。

 痩せたら……ペット枠から抜け出せば、ちゃんと妻として見てもらえるはずだって。
 でもそうじゃなかった。
 
「夫婦なら一番しなきゃいけないことから、私は目をそらしてきたんだね。痩せるとかそういうことの前に、ランド様が何を思い、どうお考えになり、どうなさりたいのか。ちゃんとそれを話すべきだった」
「ミレイヌ様」
「でもさ、本人に聞くのが怖くて。私ずっと逃げてた。らしくないよね、こんなの全然私らしくない」

 だけど本当に好きだったから。
 どうしても聞けなかった。
 
 それがこんな形で裏目に出るなんて。

「ランド様からの連絡は何か入っているの?」
「いえ。執事長にも確認し、現在城に人を送っているところです。情報が入り次第、ミレイヌ様の元へ届くようになっております」
「そう」

 ただコレが真実にしろ、ただのゴシップにすぎないにしろ。
 出回ってしまった以上、噂は噂を呼ぶわね。

 頭が痛い。
 何も見なかったことにして、眠りにつきたい。

 しかしそんなことをしていられるほど、誰も放っておいてはくれなかった。

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