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026 過ぎたる愛

「どうして止めるんだミレイヌ」
「普通止めますから」
「なぜだ? うちの可愛い可愛い妹がいじめられてるのなら、兄としてガツンとやってやらねばなるまい」
「そんなことしたら、余計に大事になります」

 だいたい家の力なんて借りたら負けた気になるから、絶対に嫌。
 自分にされたことは、自分でやり返したいし。

「別に大事になってもかまわないだろう。向こうがそれほどのことをしてきているのだから」
「そうかもしれませんが、それは私がやり返せば済むことです」
「だが……」

「お兄様。お兄様たちが私のことをどれだけ愛して下さっているのかは知っています」
「もちろんだ。こんなに可愛い妹など他にいるものか。ミレイヌが生まれた時、天使が下りて来たのかと家族全員が思ったよ」

 そうね。
 実家ではいつも天使のようだって、すごくみんな私のことを溺愛してくれていた。
 だからこそ、勘違いしちゃったんだもの。

「愛して下さったことは、何よりも感謝しています。それが私にとってどれだけ救いだったことか。でも、そればっかりではダメなんです」
「愛することの何がダメだというんだい」

「愛することではなく、愛して下さっているのなら、ちゃんと悪いことも言っていただかないと。そうでなければ、私も気づけません」

 気づかなかったからこそ、今がある。
 でもそれは家族だけのせいではないのも分かってる。
 愛してくれた家族には、本当に感謝しているから。

 でも甘やかされるだけでは、きっとダメ。
 私にはなりたい自分があって、目標があるから。
 
「気づくというのは」
「私が外で何と言われていたか、お兄様は知っていらっしゃいましたよね?」
「それは……」

 視線を外し、困ったように口元を抑えるあたりからして、兄はやっぱり知っていたんだ。

「私が白豚令嬢などと呼ばれていたのに、どうして止めなかったのですか?」
「もちろん! 言っていた奴らにはちゃんと分からせてきたさ。ミレイヌがいかに天使かってことを」
「そうではなくて、です! まずは私にちゃんと説明をして、摂生に努めさすべきだったのではないですか?」

「あんなに幸せそうに食べるミレイヌを止めろと?」
「それも優しさです。過ぎたるは~ですよ。太れば太るほど健康も損ないます。お兄様は私が早死にしても良いのですか?」

 そこまではっきりと言って、やっと兄は分かったようだった。
 そしてそんな風に初めて兄に小言を言う私を、呆然と見ている。

 悪気がない分、誰も止めなかったからね。
 私もそれで幸せだったし。

 だからこそ、ちゃんとここで辞めないと。
 なあなあにしては、絶対に抜け出せなくなってしまうから。

「……すまなかったミレイヌ。そこまで考えたことはなかったよ」
「いいんです。私もお兄様たちからの愛がすごく嬉しかったんです。でもそれをただ無限に受け取っていくのはダメだって思えるようになったんです」
「あんなに小さかったミレイヌが本当に大人になってしまったんだな」

 兄は私の頭を撫でながら、目を細めた。
 その瞳はどこか悲しそうに揺れている。
 
「ふふふ。もう結婚までしたんですよ」
「それすらボクには信じられないよ」
「私より、お兄様もちゃんと良い方を見つけて下さいな」

「ん-。ミレイヌよりも可愛い子が見つからないから困ったもんだよ」

 まったく兄馬鹿も困ったもんだわ。
 ああでも、もしかしたらデブ専だったりするのかしら。
 私を可愛い可愛いとかいうぐらいだし。

「お兄様はどんな方が好きなのですか?」
「そうだなぁ。食べ物を美味しそうに食べてくれる子かな」

 あー。そうなると、貴族では少し難しいかもしれないわね。
 みんな顔にも出さず静かに食べるのがマナーだし。
 そう考えると、私は貴族令嬢としては失格なのよね。
 すぐ顔に出ちゃうから。

「ああそうだ。お土産をミレイヌにたくさん持ってきたのだけど、受け取ってくれるかい?」
「そうですね。せっかくお兄様が買ってきて下さったものなので、屋敷の皆でいただきますわ。一人だと太ってしまいますから」
「そうしておくれ」

 今日のお詫びを兼ねて、みんなで食べればいいわ。
 兄が買ってきてくれるものはどれも目新しいものばかりで、すごく美味しいから。

「そうだ! お兄様にお願いしたいものがあるんですの!」
「なんだいミレイヌ。すぐに言ってくれ! 可愛い妹のお願いならばどんなことでも叶えよう」
「お兄様に探して欲しいものがあって」
「すぐ行ってくる!」

 私からのお願いに、兄は水を得た魚のような瞳で飛びつく。
 そしてそのお願いを叶えるために、また来るとだけ残し早々に屋敷を後にした。

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