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閑話 不甲斐ない自分

「ああ、ミレイヌ……。うん、ずいぶん見ない間に……その成長したね(大きくなったね)

 ウエディングロードを父親と腕を組みながら歩いてくる、ミレイヌ。
 彼女が近づいてくるにつれて、その変化に少し驚いている自分がいた。

 ミレイヌと最後にあったのは、もう七年も前のこと。
 隣国とのいざこざから戦に発展し、連絡を取ることもままならぬまま今日という日を迎えてしまった。

 結婚は自分自身もすごく、待ち望んでいたことではあった。
 でも……。

「ランド様?」

 ベールを上げた彼女は、ただ困惑した瞳で俺を見上げた。
 ルビーの宝石のような輝く大きな瞳。そしてドレスと同じくらい透き通る白い肌。
 
 俺が寂しい思いをさせてしまいすぎたせいか、ミレイヌは最後に見た姿よりも二倍ほど大きくなっていた。
 それでもなお、可愛い彼女をどうするべきかと思考がグルグルと回り出す。

 式の順番は前もってレクチャーは受けている。
 誓いのキスを交わし、この場からお姫様抱っこをして外につけた馬車に乗り込むのだ。

 だけど困った……。
 どう頑張っても、今の力では到底彼女を持ち上げて馬車まで運ぶことは出来ない。
 そうなればきっと、俺のせいで彼女は笑いものになってしまうだろう。
 
 不甲斐ないな。
 本当に不甲斐ない。
 いくら戦に勝ったって、愛する人すら抱き上げることも出来ない。
 全然ダメすぎるだろう。 

「君は本当に子豚さんみたいで可愛いよ、ミレイヌ。……すまない」

 俺は不甲斐なさを隠し、笑顔を保ったまま彼女の左手を取った。
 そしてその手を高く掲げ、何も言わずに馬車まで彼女と式場を歩く。

 クスクスと彼女を()()()()()()()()俺を笑う参列者の笑声は、いつまでも耳に残った。


     ◇     ◇     ◇


 その日から王宮での鍛錬は日課となった。
 ちゃんと彼女に謝り、いつの日かもう一度やり直すために。

 だから不甲斐ない自分を律するまでは彼女に触れてはいけないと、ただずっと我慢していたのに。
 果実酢という、彼女手づくりの飲み物をわざわざ訓練所まで持ってきてくれた健気な姿を見た時。

 そしてその上、他の騎士たちにまで振舞う優しさに何か理性のタガのようなものが壊れていく気がした。
 嫉妬と言われれば、そうなのかもしれない。

 可愛らしく微笑む彼女を、他の者たちになど見せたくもなかった。
 ましてや初めての手作りを、他の奴らが飲むなんて許せないと思うほど、俺は心が狭かった。

「ミレイヌ、少しいいかい?」

 夜に彼女の部屋を訪ねたのは、そんな気持ちが足を動かしてしまったからだ。
 ただ顔を見るだけ。
 そう、彼女の見て幸せな気分になるだけ。
 
 何もしない。
 結婚式でミレイヌを抱き上げれなかった俺には、その資格はないのだから。
 そう、ドアの前で何度も言い聞かせた。

「はい」

 ベッドから急いで降りようともがくミレイヌが、なんとも可愛らしい。
 その一生懸命さが、なんとも小動物感がある。

「ああ、もう寝るところだったかい?」
「いえ。大丈夫ですよ?」
「それよりもどうしたのですか、こんな時間に」
「君の顔が急に見たくなってしまってね」

 これは本当だ。
 ミレイヌが俺だけに見せてくれる笑顔を見たら、昼間のドロドロした黒い感情なんて吹き飛ぶと思った。
 思ったのに……。

 彼女の隣に座り、昼間のお礼を言っていると、どうしても彼女に触れたい気持ちが止まらなくなってくる。
 その柔らかな肌に触れられたら、どれだけ幸せだろう。

 許されないのに。でも触れたい。
 ああ、本当に鍛錬が足りないな。

「やっぱり君のこんなに可愛らしい顔は、みんなに見せたくないな」

 彼女からのいじらしい言葉を聞いた瞬間、気づけばその頬に触れていた。
 このまま押し倒してしまえたら、どれだけいいだろう。

 そんな欲望を隠し、彼女のおでこにキスをした後、彼女の手を引いた。
 このままベッドの上にいたら、絶対に理性が持たないから。

 そして抱きしめたいのを隠し、そっとミレイヌを持ち上げてみる。
 まだまだだった。

 全然まだ俺はダメだ。
 悔しさと悲しさと、そして不甲斐なさを混ぜ込み、ただミレイヌの部屋から出た。

「ああ、本当に……もっと鍛えないとな」

 初夜はまだ遠そうだった。

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