006 交渉はスマートに
「どうされたのですか、奥様!」
厨房に顔を出した私を見た瞬間、中にいたシェフたちがざわつく。
そして皆帽子をとり、私に頭を下げながらもちらちらと様子をうかがっていた。
「お食事で何か不手際などごさいましたでしょうか?」
厨房の一番奥から恰幅が良く髭を生やし、大きな白いコック帽を被った男性が出てきた。
どうやら彼が料理長のようね。
受け答えや動きは丁寧そのものだが、私が文句でも言いに来たのかとやや怪訝そうな顔をしている。
考えたらこうやってここを訪れるのは初めてかもしれないわね。
「いえ。いつも美味しい料理に感謝してますわ」
「でしたら今日は……」
「あなたたちの作る料理があまりに美味しすぎてしまって、太ってしまったんです」
「それは」
「ええ、もちろんそれも私のせいではあります。ただこのままではいけないと思って」
きゅるるーんと目を輝かせ、組んだ両手を顔の前に持ってくる。
ああ、でも白豚さんでこれはあまり効果ないかなぁ。
可愛い子がすると、かなりあざといポーズだったりするんだけど。
でもほら、一応まだ十八になったばかりのピチピチ?
ですし。って、これも今では死語っていうやつかしら。
元の年齢がバレるからやめておこう。
「あ、あのそれで……」
おん。効果なさげだ。
さすがにペットですら、つぶらな瞳のお願いは効果あるのに。
凹むわぁ。
「少し厨房をお借りしたいんです」
「えっと、それはココでの食事が美味しすぎるから、ご自身であまり美味しくないモノを作ると解釈しても良いということでしょうか?」
「んんん」
当たらずも遠からずなんだけど、言い方!
確かにそうよ。シェフたちが作るものよりか自分で作るものは美味しくはないけどさぁ。
それを言ったらおしまいじゃないよ。
一応自分で作るからと言って、美味しくないものを作る気はさらさらないんだけど。
でも普通で考えたら貴族令嬢は料理なんてしないし、おままごとのように思えるわよね。
だから美味しくないものでお腹膨らませてダイエットでもするんだろうなとしか思えないもの分かる。
ただ私がしたいのはそうじゃないんだけど。
「自分で作るからといって、食べれないほどの不味いものを作る気はないわ。もっとも、あなたたちからしたら足元にも及ばないかもしれないけど」
「それでしたら、こちらで量や食材などを考えさせていただければ奥様のお役に立てるかと」
「そうね。それはランド様との食事の際にお願いしたいわ。ランド様と二人の時にまでダイエットご飯は嫌ですもの」
まずは周りも巻き込むのが一番なのよね。
自分一人だと、どうしても挫折しちゃうし。
協力ってわけじゃやないけど、他人の目があって見られてるって思う方が絶対に痩せれる気がするもの。
「まぁ、何回か自分でやってみてダメならあなたたちにお願いするわ。だけど今日は少し厨房を貸していただけるかしら」
「それは構いませんが……包丁など使ったことはありますか?」
「そこは大丈夫よ。ただ火のつけ方は分からないから、そこは誰か手伝って欲しいけど」
「と、とにかく怪我だけはなさらないようにして下さい」
厨房から出ていく感じの全くない私に、半ば料理長は諦めたように声を上げた。
一度でもマトモに料理する姿を見たら、きっと文句も言わなくなるでしょう。
私は腕まくりをすると、料理を始めることにした。
「袖、ないですけどね」
「う、うるさいの! 気分よ、気分!」
安定のシェナのツッコミに、どこかから吹き出すような声がしたが、もちろん気にすることはなかった。