バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

あんた、誰

新しいアパートに引っ越して、とりあえず、寝るところを確保し、まだ未開封の段ボールがあったが、その日は、もう寝ることにした。が、夜遅くにドアをガンガン叩かれ、「ちょっと、出てきなさいよ」という知らない女の怒鳴り声で、起こされ、ドアに近づいてのぞき穴で外を見ようとした。が、近づいたタイミングでガンガンドアを叩かれて、一瞬ビクッとしたが、怒りが沸き上がり、バッとドアを開けた。外にいたのは、見知らぬ化粧きつめの若い女性だった。
「うるさいな、あんた、誰?」
全く見覚えのない女性で、こんな夜遅くに騒ぐ見知らぬ非常識な彼女に俺は眉をひそめていた。
「あんたこそ、誰よ」
「いやいや、あんたが、勝手に、うちに押しかけて来たんでしょ。で、誰よ、あんた?」
「サトシは、どこよ?」
「サトシ? 俺はアキラ。サトシなんか知らねぇよ」
「ちょ、サトシは、どこに隠れてるの!」
「お、おい、勝手に、土足で上がるなよ」
女は俺の制止を無視して、土足で、ヅカヅカと部屋の中に入っていた。だが、未開封の段ボールたちを見て、ようやく状況を察したらしい。
「ちょ、前の住民はどこに行ったの?」
「知らない。俺は、ここに今日越して来たばかりで、前の住民のことなんか知らないよ」
「うそ、あいつが、引っ越しの金なんて持っているわけない。まだ。ここにいるんでしょ、匿ってるんでしょ?」
「だから、前の住民なんてこっちは知らないって!」
「黙れ、おとなしく、あいつを出さないのなら」
キラリと光る金属の刃を見た。誰でも手に入れられる家庭用の包丁を振りかざして、女が襲い掛かって来た。
こっちは無防備で、しかも武道の心得もなく、一方的にグサグサと刺された。彼女が口にしたサトシという人物に相当恨みがあったらしく、その分容赦なく、俺を攻撃してきた。
アパートの隣の住民が騒ぎを聞き、開けっ放しになっていた俺の部屋のドアの奥を覗いた時には、俺は息絶え、血まみれの女が狂ったようにグサグサと刺し続けていた。
通報され、駆けつけた警察官を見ても逃げようとはせず、おとなしく捕まり、弁護士は当然のように彼女の精神異常を理由に責任能力がないと無罪を主張した。そして、裁判でその弁護は通り、彼女が無罪となったのを、ただの幽霊となった俺は、ただ歯がゆく見ているだけだった。しかも、例のサトシという男性は、その女に一方的に付きまとわれてなけなしの金をはたいて引っ越しただけで、すべてその女の一方的な思い込みが原因だった。

しおり