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第六十九話 「客」

 城下町の蕎麦屋(そばや)の前、刀を腰に(たずさ)えた三人組としゃらく、ウンケイ、ツバキの三人が、向かい合っている。店の中からは、店主と少年に化けたブンブクが心配そうに(のぞ)いている。
 「貴様ぁ、覚悟出来てんだろうなぁ? 生きてまた蕎麦(そば)が食えるなんて思うなよ?」
 三人組の男の一人が、ニヤニヤとしゃらくの顔を覗き込む。
 「しゃらくせェ! おれァ蕎麦大好きなんだ! てめェらこそ覚悟出来てんだろうなァ? 食いもン粗末(そまつ)にするとどうなるか、教えてやるよ!」
 しゃらくも腕を(まく)り、負けじと啖呵(たんか)を切る。
 「貴様らも徴兵(ちょうへい)だろ? その派手髪に、後ろの大男と色男、城の広場で見た覚えがある」
 三人組の今まで黙っていた男が口を開く。男は、他の二人より背が高く身なりも綺麗(きれい)で、二人とは上下関係にあるのは明らかである。
 「フフ。そりゃどうも」
 ツバキがニコリと微笑(ほほえ)む。隣のウンケイは黙って三人を(にら)んでいる。すると、しゃらくが(おもむろ)に後ろを振り向き、後ろのツバキを見て、また前を向き直る。後ろの二人は不思議そうにしゃらくを見る。
 「こいつそんなに派手髪か?」
 派手髪のしゃらくが、後ろのツバキを指差して尋ねる。目の前の三人はキョトンとしており、後ろのウンケイはやれやれと呆れ、ツバキはくすくすと笑っている。
 「・・・まあいい。貴様らも訳あって、こんな下らぬ徴兵に参加してるんだろ? それなら命は惜しいよな? 俺達は今、腹減って手加減出来そうにねぇんだ。・・・そうだな。貴様の指を一本(もら)おうか。それで許してやるよ」
 中心の男がしゃらくを指差し、ニヤリと笑う。しかししゃらくは全く(おく)さず、男を睨みつける。
 「てめェナメんなよ!? おれ達だって久しぶりのまともな飯だったんだ! こっちも手加減出来ねェなバカ野郎!」
 しゃらくの啖呵(たんか)に男が顔を(しか)める。
 「・・・上等だこの野郎。どうやら死にてぇらしい。片付けろ」
 中心の男がそう言うと、前にいた二人が、ニヤニヤと笑いながら腰の刀を抜く。
 「おれ一人で充分だぜ」
 しゃらくがニヤリと笑い、二人に向かって行く。


 「ちょ、・・・ま、待て! ・・・なぁ、一旦話し合おうじゃねぇか! ・・・まぁなんだ! 今回の事はお互い水に流すってのはどうだ!?」
 無様(ぶざま)に手の平を返す男の前には、二人の男が白目を()いて伸びている。
「フッ。そりゃあ無いだろう」
 男の態度に後ろのツバキが笑う。隣のウンケイは黙って男を睨んでいる。
 「ふざけんな! おれはお前みてェのが大嫌いなんだ!」
 しゃらくが(つば)を飛ばし、腕を(まく)って男の元へ近づく。
 「待てと言ってんだ! いいのか? 俺は手打ちにしてやるって言ってんだぜ?」
 男は腰が退()けながらもニヤリと笑う。その様子に、しゃらくが足を止める。後ろのウンケイ、ツバキも眉を(ひそ)める。すると男は、(ふところ)から右腕を出す。男の肩から(ひじ)にかけて、荒波(あらなみ)意匠(いしょう)された刺青(いれずみ)が入っている。
 「くっくっく。俺は侠客(きょうかく)だ。それにただの侠客じゃねぇ事は、この荒波を見れば分かるよなぁ?」
 男がニィッと笑う。しかし案の定、しゃらくは何の事か分からずポカンとしている。
 「須佐之(すさの)一家(いっか)・・・」
 すると後ろのツバキがポツリと(つぶや)く。
 「・・・須佐之(すさの)一家(いっか)か。聞いた事あるな」
 ウンケイが自分の(ひげ)()でる。
 「おうよ。数多(あまた)侍共(さむらいども)覇権(はけん)を争うこの戦国において、侠客(きょうかく)の世界じゃあ二つの勢力に二分されてる。その一つが我ら須佐之(すさの)一家(いっか)だ。俺に手を出せばどうなるか、想像出来るよなぁ?」
 男が、自分の右腕に刻まれた荒波を叩いて笑う。
 「ンなの知らねェよ! 喧嘩(けんか)売ってきたのはてめェらだろ!」
 しゃらくが顔を(しか)め、唾を飛ばす。
 「・・・外道(げどう)め」
 すると後ろにいたツバキが、ツカツカと男に近付いていく。
 「おいおい! 話聞いてんのか? それ以上近づくな!」
 男は(あわ)てて刀を抜き、ツバキに向ける。しかしツバキは物ともせず、不思議そうに見つめるしゃらくを通り過ぎ、男の目の前まで来る。近くに来ると、端正(たんせい)な顔立ちとは裏腹にかなり背が高いツバキに、男が後退(あとずさ)る。
 「須佐之(すさの)一家(いっか)は、お前の様な外道も取り込むのか」
 ツバキがそう呟きながら、腰の刀を抜く。
 「くっ! 死ねぇ!!」
 男が刀を振りかぶる。刹那(せつな)、ガキィィン!! 突如(とつじょ)(すさ)まじい金属音が(とどろ)く。見ると、男が振りかぶった刀の刃が粉々に砕け散っている。
 「・・・へ?」
 男が目を丸くする。ツバキは刀を(さや)に納める。
 「・・・一つ聞く。この男に見覚えは?」
 ツバキが(ふところ)から紙を取り出し、開いて見せる。それはしゃらく達にも見せた似顔絵である。
 「・・・し、知らねぇよ」
 男が目の前の似顔絵を見て呟く。
 「よく見ろ。思い出せ」
 ツバキがドスの()いた声で(すご)む。普段の穏やかな表情からは想像が付かない程、冷たく鋭い眼差しで男を睨む。男はまるで、蛇に睨まれた蛙のように固まっている。(ひたい)からは脂汗(あぶらあせ)(にじ)み出ている。
 「・・・し、知らねぇ。本当に知らねぇんだ!」
 男が震える声で首を横に振る。ツバキは、男の顔を冷たい目でジッと見つめる。
 「・・・そっか。じゃあ行っていいよ」
 ツバキがニコリと微笑み、似顔絵を懐に仕舞(しま)う。男は腰を抜かし、その場に尻餅(しりもち)をつく。ツバキは刀も鞘に仕舞い、(きびす)を返して男に背を向ける。ツバキの背を見つめる男の額を冷や汗が流れる。
 「・・・そうそう。上の連中に(よろ)しく言っといてくれよな」
 ツバキが横目で睨む。男は慌てて立ち上がり、刃の無くなった刀を放って逃げて行く。ツバキの(そば)に立つしゃらくは、ツバキのあまりの変わり様に、口をあんぐりと開けて見ている。
 「・・・ツバキお前、須佐之(すさの)一家(いっか)と何か関係が?」
 ウンケイがツバキに尋ねる。
 「ちょっとね」
 ツバキは、いつも通りの穏やかな笑顔を向ける。
 「そうか。人の人生色々だ」
 ウンケイがそう言うとニッと笑う。
 「お前やっぱ強ェんだなァ。今の刀捌(かたなさば)き、イカしてたぜ」
 「フフ。ありがとうよ」
 ニヤニヤと笑ったしゃらくが、ツバキに肩を組む。
 「お見事!」
 すると突如、蕎麦屋の店内から男の大声が聞こえる。外にいるしゃらく達は勿論(もちろん)、店内から外を覗いていた店主とブンブクも、驚いて店の中を見る。
 「いやあ、お見事お見事。全て見させて貰った。あなた方は賊共からこの店を見事に救った。まさにこの店の救世主、即ちこの町の救世主だ」
 手を叩きながらツカツカと歩いて来るのは、初めから店にいた客の男で、端正な顔立ちに綺麗な身なりをしている。
 「誰だァあんた?」
 「これは失礼。私はこの町で商人をしている“リコウ”と申します。あなた方の勇姿(ゆうし)、しかと拝見(はいけん)しました」
 リコウと名乗る男は、深々とお辞儀(じぎ)をすると、(おもむろ)に店主に目をやる。すると店主はしゃらく達に頭を下げ、店の奥へ引っ込んで行く。リコウはニコニコと微笑んでしゃらく達を見ている。
 「おれはしゃらく。こいつがウンケイとツバキ、そンでこいつがブンブクだ」
 しゃらくがそれぞれを指差して紹介する。ウンケイとツバキはリコウに軽く会釈(えしゃく)する。
 「皆様どうぞ宜しく。ところで、君達は今回の徴兵に参加されてると耳にしたが・・・」
 リコウが小さな声でヒソヒソと話す。
 「あァそうだ」
 「そうでしたか。それでは町人達が不愛想(ぶあいそう)だった事でしょう。町人を代表してお()び申し上げます」
 リコウが深々と頭を下げる。
 「辞めてくれ。ここの町人達が俺達を嫌うのは、事情を聞きゃあ当然だ。・・・なぁあんた、龍神の事を聞少し聞かせてくれねぇか?」
 ウンケイが尋ねると、顏を上げたリコウはニッと微笑む。
 「勿論(もちろん)

 完

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