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第六十八話 「モテる奴」

 「あァ~腹減ったなァ~」
 すっかり(にぎ)やかな(よそお)いに戻った城下町を、しゃらくとウンケイ、ブンブクの一行が歩く。しかし町は賑やかながら、自分達が信じる“龍神様(りゅうじんさま)”の討伐(とうばつ)に来た、しゃらく達には一切目もくれず、まるでいないかのように無視している。
 「完全に嫌われてんな。これじゃあ飯なんて食わせてくれねぇよ。わはは」
 ウンケイが笑う。すると、三人の後ろから黄色い笑い声が聞こえる。それにすぐさま反応したしゃらくが咄嗟(とっさ)に振り向くと、団子屋の軒下の席で町娘が二人、誰かを間に挟んで笑っている。よく見ると町娘に挟まれているのは、同じく徴兵(ちょうへい)のツバキである。ツバキは三色団子を片手に、町娘達に優しい笑顔で微笑(ほほえ)んでいる。
 「ツバキさんお茶もどうぞ!」
 「ツバキさん肩お()みしましょうか?」
 「フフフ。ありがとう。君達は優しいね」
 「きゃー」
 町娘達は、ツバキが優しく微笑むだけで顔を赤らめている。そんな様子に顔を赤らめる者がもう一人。
 「くっ・・・!! あんにゃろォ!!」
 向こうから見ていたしゃらくが、顔から湯気が出そうな程顏を真っ赤にして、プルプルと震えている。
 「わっはっは。見ろしゃらく。あいつモテモテじゃねぇか」
 ウンケイが大笑いしてしゃらくを煽る。ブンブクは不思議そうに、二人を交互に見上げている。
 「ガルルル・・・!!」
 するとしゃらくが、向こうで楽しげなツバキに物凄(ものすご)い殺気を放ち始める。その様子にウンケイは更に笑う。(すさ)まじい殺気に気が付いたツバキが、しゃらくの方を向く。
 「しゃらく! ・・・あれ? なんかすげぇ怒ってるな」
 ツバキは苦笑いしながら立ち上がる。しゃらくは依然(いぜん)として牙を()いている。
 「お(じょう)さん達、俺の友達がやきもち()いてるみたいだから、これで失礼するね」
 ツバキが町娘達に優しく微笑む。町娘達は再びポッと顔を赤くして、呆然(ぼうぜん)とツバキを見つめる。ツバキは、そのまましゃらく達の方へ歩いて来る。しゃらくは鬼の形相(ぎょうそう)でツバキを(にら)みつけている。
 「やあしゃらく。どうしたんだ? そんなに怒って」
 ツバキは苦笑いしながらしゃらくに手を振る。ツバキが目の前まで来ると、しゃらくが遂に口を開く。
 「・・・てめェ! おれはなァ、モテる奴が大嫌いなんだ!」
 すると正気を失ったしゃらくが、突如ツバキに殴りかかる。バシィ! ツバキは咄嗟にしゃらくの怒りの鉄拳を手で受け止める。その様子にウンケイは笑いが止まらない。
 「おいおい・・・落ち着けよしゃらく。そんな事言われたって、向こうから来るんだ、仕方ねぇだろ?」
 ツバキが、相変わらず苦笑いしながら弁明する。
 「おいツバキ。そりゃ火に油だぜ。わっはっは」
 ウンケイが笑う。すると、怒りと憎しみに満ちた更なる殺気がツバキを襲う。
 「・・・あ、あれぇ?」
 「殺してやらァァァ!!!」

   *

 ずるずるずるぅ~!! 町の蕎麦屋(そばや)で、しゃらくが猛烈に蕎麦を(すす)っている。隣ではウンケイと男の子に化けたブンブク、そしてツバキも蕎麦を啜っている。
 「おっちゃん! おかわり!」
 しゃらくが店の店主に器を差し出しながら、ツバキを睨む。
 「おいてめぇ、いい加減にしろよ?」
 ウンケイがしゃらくを諭すも、ツバキがすかさずウンケイを制す。
 「いいさ、気にするな。しゃらくの取引に応じたのは俺なんだから。さぁ遠慮せず、ウンケイとブンブクも好きなだけ食うといい。金は持ってる」
 ツバキが微笑む。

   *
 
 時は少し(さかのぼ)り、町で激昂(げきこう)するしゃらくと、理不尽に怒りを向けられているツバキ。
 「落ち着けって!」
 ツバキがしゃらくをなだめる。すると、ぐぅ~! しゃらくの腹の虫が鳴く。しゃらくはピタリと動きを止める。
 「・・・おうツバキ! 許してほしけりゃア、飯奢(めしおご)れよ!」
 無茶苦茶な言い分に、ツバキもウンケイも目を丸くする。
 「・・・あ、あぁ。分かったよ」
 ツバキが苦笑いする。

   *

 「あんなの聞く事ねぇのに。でも悪いな、俺達までご馳走になっちまって」
 ウンケイがそう言って蕎麦を啜る。隣のブンブクは、人間の姿にはなったが箸の持ち方も出鱈目(でたらめ)挙句(あげく)、蕎麦を啜れない為バクバクと口に入れていく。
 「フッフッフ。いいんだ。俺はしゃらくに嫌われたくないからね」
 ツバキが笑う。一方のしゃらくは、店主が持って来たもう何杯目かも分からない蕎麦を受け取るや(いな)や、眉間(みけん)(しわ)を寄せたまま猛烈に啜り始める。
 「それにしても、八百八狸(やおやだぬき)が本当にいたとは。驚いたよ」
 ツバキが、しゃらくに負けじと蕎麦を猛烈に食べ進めるブンブクを見る。
 「あぁ。俺もそう思ったぜ。・・・おい、そんなに急いで食うんじゃねぇ。(のど)に詰まるぞ」
 ウンケイがブンブクを叱る。するとブンブクは突然食べるのを止め、みるみると顔が真っ青になって喉を押さえる。
 「ほら言わんこっちゃねぇ」
 ウンケイがブンブクの背中をバシバシと叩く。
 「フッフッフ」
 忙しない三人の様子に、ツバキが笑う。すると、ガラガラ! 突然店の戸が勢いよく開く。見ると、刀を腰に(たずさ)えた三人組が入って来る。
 「なんだしけた店だな! おい! 天そば三つ! さっさと持って来い!」
 先頭を歩く男が店主に怒鳴りつけ、三人は乱暴にドカッと席に座る。その隣に座っていた客は大人しく蕎麦を啜っている。
 「なんだァ? 行儀のわりィ野郎が来たな」
 しゃらくが、入って来た乱暴な三人を見ながら蕎麦を啜る。
 「・・・あれは徴兵だな。広場で見かけたぜ」
 ツバキが三人を見て呟く。すると店主が奥から出て来て、申し訳なさそうに三人の元へ行く。
 「・・・すいやせん、お客さん。・・・今丁度蕎麦が切れちまって、店閉めようと思ってたんです。どうもすいやせん」
 店主がそう言って何度も頭を下げる。すると、三人のうちの二人が立ち上がり、店主に詰め寄る。
 「何だと貴様? 蕎麦がねぇだと?」
 一人が店主の胸ぐらを掴み上げる。
 「他の客共は食ってるじゃねぇか。それともなんだ? 俺達には食わせねぇってのか?」
 「め、滅相(めっそう)もねぇ! 丁度、今いるお客さんの分で無くなっちまったんです! すいやせん! すいやせん!」
 店主が必死に謝るも、男はお構いなしに店主に詰め寄る。立ち上がっているもう一人の男は、その様子をニヤニヤと笑いながら見ており、一方で座ったままの三人目の男は卓上に足を上げ、気だるげに様子を見ている。
 「わりィわりィ。蕎麦はおれが全部食っちまった」
 すると様子を見ていたしゃらくが、三人に声を掛ける。突如入って来たしゃらくを、三人が一斉に睨む。
 「あぁ? 誰だてめぇ? 蕎麦を全部食っただと?」
 店主の胸ぐらを掴んでいた男が店主を離す。店主はその場に尻餅(しりもち)をつく。
 「あァ。だから蕎麦はねェ。わりィな。帰ってくれ」
 しゃらくがそう言い放つと、再び呑気に蕎麦を啜る。すると立っていた二人の男が、ツカツカとしゃらくの方へ近寄って来る。しかし、しゃらくは気にせず器を持ち、蕎麦の汁を飲み干す。怯えたブンブクは、慌ててウンケイの背中に隠れる。刹那(せつな)、ダァァン!! 男の一人がしゃらく達の卓を蹴り飛ばし、卓上の蕎麦が全て吹き飛ばされる。
 「貴様。ナメた口効きやがって。死にてぇのか?」
 男がしゃらくに詰め寄る。すると、しゃらくがニィっと笑う。
 「てめェら表出やがれ。食いもンの恨みはこえェぞ」

 完

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