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第六十七話 「不屈」

 「頼む! あの子を()()り回させてくれ!!」
 シカが、物凄(ものすご)い勢いでしゃらくの胸ぐらを掴み、懇願(こんがん)する。しゃらくは突拍子(とっぴょうし)もない願いに、開いた口が(ふさ)がらず固まっている。
 「・・・え? どうしたんだ?」
 しゃらくが目をパチクリさせる。
 「あの子狸だよ! 仲間なんだろ!? 頼む! モフモフさせてくれ!!」
 見た事のない嬉々(きき)とした表情で、シカがしゃらくの胸ぐらを()め上げる。
 「ゔえ! ぐ、ぐるじぃ・・・!」
 
 
 「はぁはぁはぁ・・・!!」
 息を荒くしたシカが、目の間にいるブンブクに、目を見開きゆっくりと手を伸ばす。ブンブクはその異様な様子に(おび)え、体を丸めて小さく震える。助けを求めようとしゃらくとウンケイを見るが、二人は視線を()らし知らぬふりをしている。ブンブクは絶望し、目一杯に涙を浮かべる。目の前には、猛獣のように目を見開き、息を荒くしたシカが間近まで近づいている。ブンブクは恐怖のあまり、力強く目を(つぶ)る。すると、モフ! ブンブクの背にシカが手を置く。ブンブクのモフモフの毛の中に、シカの手は優しくふわりと沈んでいく。
 「・・・!!!」
 刹那(せつな)、シカはブンブクを抱きかかえ、物凄い勢いで全身を撫で繰り回す。ブンブクの(ほお)に自分の頬を(こす)り付け、歓喜の声を上げている。取って食われると思っていたブンブクは、拍子(ひょうし)抜けしたようで、目をまん丸くしている。シカはブンブクの腹に顔を埋め、スーハースーハーと深呼吸している。その意外な状況に、しゃらく、ウンケイ、ツバキは開いた口が(ふさ)がらない。
 「かわいい! モッフモフ! ブンブクちゃんかわいい! スーハースーハー! かわいいかわいい!」
 恍惚(こうこつ)の表情を浮かべて撫で回してくれるシカに、ブンブクも嬉しくなり、尻尾をブンブンと振っている。
 「まァいっか。二人とも嬉しそうだし」
 しゃらくがニッと笑う。ウンケイとツバキもやれやれと笑っている。すると徴兵達が集められた外広場に、城内からアドウと三人の側近達(そっきんたち)が現れる。四人の強者の登場に、広場に緊張が走る。
 「なんか強そうなのが来たなァ」
 しゃらくが、向こうに立つ三人の側近を見てニヤリと笑う。
 「あれは味方なんだよな? まるで敵を(にら)むような目つきだが」
 ウンケイもニッと笑う。
 「あの三人はアドウの側近だ。あのデカいのが“剛蛙(ごうあ) ガマ比古(ひこ)”。弓を背負ってるのが“戦国十弓(せんごくじっきゅう)のカゲ斗弓(とき)”。そしてあの老人がアドウの右腕、“八重巣(やえす)のくも(はち)”だ。ここ一帯を奴らが支配出来るのは、アドウとあの三人の強さにある。三人とも出て来たって事は、次は本気って事かな」
 ツバキも腕を組んでニヤリと笑う。
 「やけに詳しいな?」
 ウンケイが尋ねると、ツバキは再びニッと笑う。
 「ここらじゃ有名だぜ? それに、情報は力だよ」
 ツバキの言葉にウンケイが眉を(ひそ)める。
 「・・・」
 一方、先程まで嬉々としてブンブクを撫で回していたシカは、ブンブクを抱いたまま、向こうのアドウ達をキッと睨んでいる。ブンブクは不思議そうにシカの顔を見ている。
 「お前達! よくぞ生き()びてくれた! 感謝している!」
アドウが、外広場に集まった徴兵達の前で口を開く。
 「集まって(もら)ったのは(ほか)でもない! 今一度、龍神討伐(りゅうじんとうばつ)を決行する! しかし奴の死に場所は、あの洞窟ではなく、この城だ! この城に奴を(おび)き出し、この城で仕留める!」
 そう言うとアドウがニィッと笑う。
 「この城で!? あの化け物をこの城に呼ぶのか!?」
 徴兵達がざわつく。
 「へへ。あのおっさんも()りねェなァ」
 しゃらくが笑う。
 「そりゃそうさ。奴の通り名は“不屈(ふくつ)のアドウ”だぜ? 元から実力のある将だが、何度負けても挑む男で有名だ。あの十二支(えと)将軍にも、何度も挑んでるって(うわさ)だぜ」
 ツバキの話を聞き、しゃらくの耳がピクリと動く。ウンケイも反応し、アドウの方を見る。兵達の前に立ち、飄々(ひょうひょう)と兵達を鼓舞(こぶ)する姿は、戦いに敗れた者の覇気(はき)とは思えぬものである。
 「・・・確かに、あのおっさんなら十二支(えと)将軍にも挑みそうだな。何かコツでも聞いてみるか?」
 ウンケイが笑いながら、しゃらくを見る。
 「わっはっは。そうだな」
 しゃらくが笑う。(そば)で聞いていたツバキは、不思議そうな顔をしている。
 「・・・もしや君達も十二支(えと)将軍と?」
 「それだけじゃねェ。おれ達は十二支(えと)将軍全員倒すぜ」
 「!!?」
 しゃらくの言葉にツバキが目を丸くする。しかし、しゃらくの表情に一切の曇りはなく、隣のウンケイも同様である。その様子に、ツバキは体の力が抜ける。
 「・・・そうか。それは大きな野望だな」
 ツバキが微笑(ほほえ)む。
 「お前も来るか? ツバキ」
 しゃらくがツバキを向き、ニコリと笑う。
 「・・・フフ。それは楽しそうだね。・・・でも生憎(あいにく)、俺にもやる事があってね。誘ってくれて悪いけど・・・」
 ツバキはしゃらくの方を向かず、真っ直ぐ前を見据(みす)えながらポツポツと答える。
 「そっか」
 しゃらくがニッと笑い、前を向き直る。
 「・・・しかし、いいのか? こんな素性の知れない男を誘ったりなんかして。君の野望には(いく)つもの困難が待っているだろう。その為には、君とウンケイの関係のように、全幅(ぜんぷく)の信頼を寄せられる者を仲間にするべきだ。フフフ。折角(せっかく)誘ってくれたのに説教なんてして悪いが、俺はそう思うぜ?」
 ツバキが前を向いたまま、しゃらくに尋ねる。
 「うん。だからお前を誘ったんだけど?」
 すると、しゃらくは不思議そうな顔で、ポリポリと頭を()きながら答える。その答えにツバキは驚き、思わずしゃらくを見る。
 「わっはっは。な? 馬鹿だろ?」
 傍にいたウンケイが、二人のやり取りに笑っている。
 「・・・やれやれ」
 (くも)りのないしゃらくの様子に、ツバキは再び体の力が抜ける。
 「・・・フッフッフ。ますます楽しそうに思ったよ、君達の旅。まあ一先(ひとま)ずは、一緒に龍神を倒そう」
 「あァ!」
 そんな三人の一方、シカはブンブクを抱いたまま、アドウ達を睨んでいる。
 「・・・カゲ斗弓(とき)
 ポツリと呟くシカの視線の先にいるのは、アドウ三側近の一人で戦国十弓(せんごくじっきゅう)の一人、“カゲ斗弓(とき)”である。シカのその眼差しから、何か因縁(いんねん)があるのは明らかである。更にもう一方、離れた場所で盗賊の()(もん)、リキ(まる)は、腕を組んでニヤニヤと笑っている。
 「だってよ兄者(あにじゃ)、どうする?」
 リキ丸が()(もん)に目をやる。()(もん)(ふく)み笑いを浮かべる。
 「くっくっく。そりゃあ都合がいい。こちとら最初(はな)っから、褒美(ほうび)なんて物にゃ興味ねぇからな。混乱に乗じて、()るもん()ってズラかるさ。それに見覚えのある顔がいるなぁリキ(まる)。くっくっく」
 「はは。そうだな」
 二人が怪しく笑う。二人の視線の先にいるのは、アドウ三側近の一人、“剛蛙(ごうあ) ガマ比古(ひこ)”である。
 「以上! 討伐は明晩(みょうばん)決行する! 貢献した者には褒美が出るぞ! 準備しておけ!」
 話し終えたアドウが、(きびす)を返して城内へ戻って行く。三側近もそれに続く。徴兵達は各々(おのおの)士気(しき)の元、明晩の“龍神討伐”に向け力が入る。その様子を城内の最上階から(なが)めている者が一人、城主にして一帯の領主、ソンカイである。
 「・・・少しは退屈(たいくつ)せずに済みそうだ。で、 “奴の始末(しまつ)”の手筈(てはず)は抜かりないか?」
 ソンカイが後ろを振り返ると、一人の“(しのび)”が膝を付き頭を下げている。忍は全身を黒い衣装で(おお)っており、体格から男である事は分かるが、露出しているのは目元のみで、表情も読み取れない。
 「はい。万全(ばんぜん)御座(ござ)います」
 忍が顔を上げぬまま答える。
 「そうか。下がってよい」
 「御意(ぎょい)
 ソンカイが再び外を向くと、忍はサッと姿を消す。するとソンカイが、外を眺めながら不気味にニヤリと笑う。
 
 完

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