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第六十六話 「恐ろしい策士」

 「うわぁぁぁぁ!!!」
 突如洞窟(どうくつ)から流れて来た大量の水は、逃げる兵達に容易(たやす)く追いつき、山の崖下(がけした)へ押し流して行く。兵達の持つ松明(たいまつ)の火も次々に消えていく。しゃらく一行やツバキら手練(てだ)れの者はすぐに水の流れを読み、脇道へ避ける。アドウも同じく馬を脇道へ走らせ水から逃れたが、他の兵達のほとんどが急流に流されてしまった。やがて水は勢いを失くし、小川(おがわ)を流れるような水量まで落ち着く。
 「・・・」
 先程まで(さわ)がしかった森は、流れ出る水のせせらぎが聞こえる程の静寂(せいじゃく)に包まれる。
 「・・・奴は天候だけでなく水まで操るのか・・・?」
 残った兵達が、今目の前で起きた信じ(がた)い現象にざわついており、恐怖に震えている者までいる。
 「・・・ギリッ」
 大将のアドウが、周囲に聞こえる程の歯軋(はぎし)りを立てる。
 「おのれ・・・。それで俺に勝ったつもりか?」
 アドウはそう呟くと、(おもむろ)に腰の刀を抜き、兵達の方を振り返る。
 「いいかお前ら! 今の急流は恐らく、何処かに溜めていた水を一気に放出したものだ! という事は、この先にそれをした者がいるという事だ! 奴を()つぞ! 俺に続け!!」
 アドウが洞窟に入って行く。その姿を追い、残った兵達がおぉ!と声を上げながらアドウに続く。
 「おれ達も行こうぜ!」
 しゃらくも続いて洞窟に行こうとする。するとウンケイがしゃらくの肩を(つか)む。
 「待て。俺が思うに、これは完全に負け戦だ」
 ウンケイの言葉にしゃらくが驚く。
 「同感だね」
 後ろでツバキも(うなず)いている。何故(なぜ)かウンケイの肩に乗ったブンブクも頷いている。しゃらくは目を丸くしている。
 「多分だが、この洞窟にもう敵はいねぇ。俺達がここに来るように仕向けて、ここに到着する時を見計(みはか)らったんだろう。そんな事が出来るような奴は、その後で洞窟に入って来るなんて想定内だろう。きっと洞窟の中にも何か細工(さいく)してると思うぜ」
 ウンケイが顎髭(あごひげ)()でながら話す。
 「この為に町人を町へ行かせていたんだと考えると、恐ろしい策士(さくし)だね。恐らくアドウの性格まで完璧に読んでいる」
 ツバキもウンケイの意見に同調する。
 「え、じゃアあのおっさん達にも教えてやらねェと・・・」
 「うわぁぁぁぁぁ!!!」
 しゃらくが立ち上がった瞬間、洞窟の中から男達の悲鳴が聞こえる。刹那(せつな)、ブワァァァ!! 今度は洞窟の中から炎が噴き出す。
 「うわァァ!!」
 やがて炎はすぐに消え、洞窟からは黒い煙が(ただよ)っている。
 「・・・おいおい、本当に龍なんじゃねェのか?」
 しゃらくが目をパチクリ(まばた)かせながら(つぶや)く。
 「・・・はは。かもな」
 ウンケイもこれには苦笑いを浮かべている。
 「・・・龍だ。やはり奴は龍神なんだ!!」
 後方にいた兵達は、暗い夜の中でも分るほど顔を真っ青にして、悲鳴を上げながら転がるように山を下っていく。
 「・・・洞窟の中に油でも()いていたかな? 松明(たいまつ)の火がそれに引火(いんか)した」
 ツバキも苦笑いを浮かべながら呟く。すると洞窟の中から、(すす)だらけで真っ黒になったアドウが、フラフラと出てくる。
 「おっさん!」
 しゃらく達が慌てて駆け出す。(ひざ)を付いたアドウの元へ来ると、アドウは全身に軽く火傷(やけど)を負っているが、意識ははっきりとある。
 「・・・畜生(ちくしょう)。許さぬ。許さんぞ・・・」
 「おっさん! 一旦(いったん)退()こう! このままじゃア全滅するぜ!」
 「くっ・・・!!」
 龍神討伐に向け集められたアドウ率いる討伐軍は、この日、敵の圧倒的な力に()(すべ)無く、完全敗北を(きっ)した。

   *

 城内最上階の大広間にて、アドウが傷だらけの体に、医者から包帯を巻かれながら顔を(しか)めている。周囲には側近(そっきん)と思しき侍三人が正座している。
 「・・・今回失った兵はおよそ百二十。ちと痛かったですな」
 三人の侍の真ん中の男が、顎に生えた長い髭を触っている。その男は“くも(はち)”という名で、アドウの参謀(さんぼう)として長年支えてきた老将である。今回は城の護衛として、討伐軍には参加していなかった。
 「あぁ全くだ。お前を連れて行きゃ良かったぜ」
 アドウが、ばつが悪そうにくも(はち)を見る。
 「わしが行ったとて、何も状況は変わらんでしょう。さて、どうしたものか・・・」
 くも八が再び長い髭を触る。その左隣で、アドウ同様悔しそうに顔を(しか)めている大男が、“ガマ比古(ひこ)”である。その大きさは、かなり大男のアドウよりも大きく、隣に座る小柄なくも(はち)赤子(あかご)のようである。その反対側に座る弓を背負った隻眼(せきがん)の男は、“カゲ斗弓(とき)”という弓使いである。ガマ比古(ひこ)とカゲ斗弓(とき)も、くも八と同じく城の護衛に残っていた。
 「今度は、奴をこちらに呼び込むのはどうでしょう?」
 カゲ斗弓(とき)が淡々と提案する。
 「奴をこちらに(おび)き出せば、こちらは地の利も得られますし、奴が策を講じる事も出来ません」
 包帯を巻き終えられたアドウが、カゲ斗弓(とき)の話を聞き腕を組む。
 「確かにな。奴の危険度は、今回の件で明らかとなった。前回も含めれば、二百近くの兵を失った。まあそんな物はまた補填(ほてん)すればよいが、次で確実に仕留める必要がある」
 そう言うとアドウがくも(はち)を見る。くも(はち)も腕を組んでいる。
 「・・・一理ある。奴をこの城で迎えるのは、万一を考えるとあまりにも危険故、反対しておったが、もはや止むを得んな。だが奴をどうやってこの城へ誘き出す? 簡単に敵地へ来るとは思えんが」
 くも(はち)が尋ねる。反対のガマ比古(ひこ)は、難しい顔で話を聞いているが、妙な所で(うなず)いたりと、あまり理解していないようである。
 「カゲ斗弓(とき)よ、何か策はあるのか?」
 アドウも眉を(ひそ)め、カゲ斗弓(とき)に尋ねる。すると、カゲ斗弓(とき)が怪しくニヤリと笑う。
 「はい。お任せを」

   *

 翌朝、城内の外広場に、生き残った徴兵達(ちょうへいたち)が集められる。しゃらく、ウンケイ、ブンブク、ツバキは勿論(もちろん)、盗賊の()(もん)とリキ(まる)、男装した女兵等、三十人程が広場に(つど)う。するとしゃらくは(おもむろ)に、男装した女兵の元へ近づく。女兵はニコニコ近づくしゃらくに警戒し、刀に手を()けて(にら)みつける。
 「ま、待てよ! 何もしねェって! おれ達仲間だろ? 仲良くしようと思って・・・」
 しゃらくは両手を上げて苦笑いする。
 「不要だ。俺は()れ合いに来たんじゃない」
 女兵は刀から手を放し、不愛想(ぶあいそう)にそっぽを向く。
 「そんな事言わずによォ。おれはしゃらく。あんた名前は?」
 「あっちへ行け」
 二人の様子を、少し離れた所でウンケイ、ブンブク、ツバキが眺めている。
 「・・・健気(けなげ)だねぇ」
 ツバキが呟く。ウンケイとブンブクは、やれやれと肩を落とす。
 「ってか、あんた女だろ? こんなとこで何してんの?」
 しゃらくが、周囲に聞こえないよう小声で尋ねる。女兵は驚き、向こうのツバキを睨みつける。ツバキは両手を上げて苦笑いする。
 「違ェよ。ツバキから聞いたんじゃなくて、おれは匂いで分かるんだよ。鼻が良いから」
 「え、キモ」
 女兵が、しゃらくに軽蔑(けいべつ)眼差(まなざ)しを向ける。しゃらくはその場にへたり込みそうなほど落ち込む。
 「・・・私は“シカ”。訳あってここにいる。この事は他言(たごん)するな」
 シカという女兵が呟く。するとしゃらくは、落ち込んでいたのが噓のように、パアッと表情が明るくなる。
 「そっか! あ、でもあそこにいる、仲間のウンケイとブンブクはもう知ってる」
 「・・・何だあれは?・・・(たぬき)?」
 シカが目を()らして、向こうのウンケイの肩に乗ったブンブクを見る。すると、それに気づいたブンブクがニコッと笑う。
 「かっ・・・!!」
 突如シカが目を見開き、顔を真っ赤にし、口を両手で(ふさ)ぐ。
 「ん? どうした?」
 その様子に心配したしゃらくが、シカの顔を(のぞ)き込む。するとシカが、物凄(ものすご)い勢いでしゃらくの胸ぐらを掴む。
 「頼む! あの子を!・・・()()り回させてくれ!!」
 
 完

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