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第六十話 「白尚坊」

 「フフフ。(わし)の首では釣銭(つりせん)が出るな。人間よ」
 広大で(きら)びやかな屋敷の縁側の前に広がる石庭で、周囲を侍達に囲まれる、中央に敷かれた茣蓙(ござ)に座る白尚坊(はくしょうぼう)が、周囲の侍など物ともせず、ニヤリと笑う。
 「黙れ(けもの)めが! 貴様の首なぞで事足りる訳無かろう!」
 屋敷の中にいる男が激昂(げきこう)する。
 「まぁお待ちを。我々は千程(せんほど)の装備を与えただけ。特に痛手はありません。それに、かの有名な千尾狐(せんびぎつね)の頭領、白尚坊の首です。これを(かか)げ、我等(われら)の武功とするのは悪くない」
 声を荒げる男を、別の男の声が冷静に制止する。それを聞き、白尚坊が目を(ひそ)める。
 「チュチュ。それもそうか。では遠慮なく、其奴(そやつ)の首を()ねよ!」
 すると、白尚坊の周囲の男達が刀を抜き、白尚坊に近付く。
 「フフフ。舐められたものだ」
 白尚坊が(あや)しく笑う。刹那(せつな)、バリィィン!! 近づいて来ていた周囲の侍達の刃が、一斉に砕け散る。突然の事に、侍達が目をまん丸くする。
 「そんな(なまくら)で、この(わし)を斬れると思うなよ」
 白尚坊が侍達をギロリと睨む。侍達は、蛇に(にら)まれた(かえる)のように動けなくなり、ただ(ひたい)を冷や汗が流れていく。
 「フフフ。大人しくしようと思っていたが、この白尚坊、やはり無償(ただ)で死ぬことは出来んらしい」
 白尚坊が前を向き直り、再びニヤリと笑う。
 「やはり貴様ら皆殺しにして、千尾狐(せんびぎつね)の武功としようか」

  *

 「着いたぁ!!」
 鬱蒼(うっそう)と茂る奥仙(おうせん)の森の中、コン吉の声が響き渡る。
 「あれが・・・」
 後続(こうぞく)のウンケイとブンブクも顔を上げた視線の先、巨大な大木があり、その幹から生え出る巨大な枝のそれぞれに、木造の建物が(いく)つも乱立(らんりつ)している。
 「すっげェ〜!」
 一足遅れて来たしゃらくも目をまん丸くしている。その木の大きさに、見上げていたブンブクは顔を上げ過ぎて、尻餅(しりもち)をつく。
 「さぁ行こ!」
 唖然(あぜん)としている三人を尻目に、コン(きち)がいそいそと(とりで)のある大木に歩を進める。ウンケイ達も、木の上に建つ要塞(ようさい)をキョロキョロと見上げながら、それに付いて行く。


 「ようこそ! 南山(みなみやま)の砦へ!」
 大木の枝の上に建つ砦の中、八百八狸(やおやだぬき)達が(ひざまず)いてしゃらく一行を出迎える。
 「おいおい辞めてくれよ! 悪いな、邪魔しちまって」
 先頭のしゃらくが、あたふたと慌てふためいている。
 「何言ってんだ。あんたらは、俺ら八百八狸(やおやだぬき)の救世主。いつでも大歓迎だぜ」
 先頭に座っていた狸がニコニコと笑っている。
 「おいらもいるぜ!」
 するとコン吉が、しゃらくの背中からぴょいと顔を出す。
 「コ、コン吉!? お前こんなとこで何してる!?」
 砦の狸達が目を丸くしている。
 「お、有名人みてぇだな」
 ウンケイが狸達の反応に驚く。
 「久しぶりだなコン吉! お前あの戦に勝手に付いてったらしいじゃねぇか! 心配したぜ馬鹿野郎!」
 ゴン! 先頭の狸が、(しか)めっ(つら)でコン吉の頭に拳骨(げんこつ)する。
 「いってぇ!」
 コン吉が絶叫(ぜっきょう)する。
 「お前ら、あいつを知ってるみたいだな?」
 そんな様子を見ていたウンケイが、(そば)にいた狸に(たず)ねる。
 「あぁ、コン吉の事かい。あいつはね、この砦にいっつも遊びに来てたんだよ。俺らと千尾狐(せんびぎつね)が敵対してても自分には関係ねぇんだとさ。はっはっは。馬鹿だよあいつは」
 そう笑って、狸はその場を去って行く。
 「へぇそうか」
 ウンケイがニッと微笑(ほほえ)む。
 「そうだ! おいら今日は遊びに来たんじゃねぇんだった!」
 つい今し方まで頭を押さえていたコン吉が、突如(とつじょ)ハッとして顔を上げる。そして(ふところ)をゴソゴソと探り、一通の封筒を取り出す。
 「これ届けに来た」
 そう言ってコン吉が、封筒をげんこつ狸に渡す。げんこつ狸は不思議そうにそれを受け取り、封筒を開けて中の手紙を開く。
 「どれどれ。・・・我等(われら)八百八狸(やおやだぬき)千尾狐(せんびぎつね)は、再び不戦(たたかわず)(ちぎ)りを交わし、並びに友好誓約(ゆうこうせいやく)を交わす事をここに(ちか)う。八百八狸頭領ギョウブ。千尾狐頭領イナリ・・・」
 狸が文面を読み上げると、砦内(とりでない)静寂(せいじゃく)が流れる。
 「なにぃ〜!!!?」
 砦中の狸達が目を見開き、大声を上げる。
 「ゆ、友好誓約!? ・・・何だそりゃあ!?」
 狸達が大慌てで、手紙に穴が開きそうな勢いで文章を凝視(ぎょうし)する。それもその(はず)。その手紙にはついこの前、命を()けた大戦を繰り広げた敵と、仲良くしようと書いてあるのだ。狸達は、自分の眼を疑わずにはいられなかった。
 「なァウンケイ。狸達どうしちまったんだ?」
 狸達の様子を見たしゃらくが、ウンケイに耳打ちする。
 「あぁ。どうやら、狐達と仲良くしろって書いてあるらしい。そりゃあ動揺もするだろう」
 「わははは。流石だぜ牛のおっさん」
 
    *
 
 所変わって、(きら)びやかな屋敷前の石庭にて、庭に敷き詰められた白い玉砂利(たまじゃり)に、鮮やかな赤色が飛び散っている。首や手脚を()がれた、数人の侍達の遺体が倒れるその中心には、白尚坊(はくしょうぼう)が両手を真っ赤に染めて立っている。
 「フフフ。(おろ)かな人間よ。あまり舐めるなよ」
 白尚坊が手に付いた血をペロリと舐める。(おぞ)ましく笑う白尚坊の顔や体は、返り血に染まっている。
 「き、貴様ぁ! もう命乞(いのちご)いなど無意味だぞぉ!?」
 屋敷の中の男が声を荒げる。
 「フフフフ。命乞いは人間の御業(みわざ)だろう?」
 「ん何ぃ〜!?」
 白尚坊に(あお)られ、顔を真っ赤にした男が屋敷から顔を出す。(あで)やかな着物を(まと)った男は小柄で、腰の帯紐(おびひも)をだらしなく引きずっており、特徴的な出っ歯がキラリと光る。
 「まあお待ちを、チュウビ様。流石は千尾狐(せんびぎつね)の頭領。臨戦態勢(りんせんたいせい)を取られてしまった今、恐らく我々に勝ち目はありませんよ」
 チュウビと呼ばれる出っ歯の男の傍にいる、側近の男が口を開く。
 「フフフ。人間にしては賢明だ」
 白尚坊がニヤリと笑う。
 「な、何だと!? ・・・で、では、どうするのだ?」
 チュウビが唾を飛ばす。
 「既に手は打っております」
 すると、屋敷内の奥の(ふすま)が勢いよく開く。
 「チッ。俺を呼びつけやがって、何の用だ」
 開いた襖から出て来たのは大男で、歳は若く、着物の上を脱いだ上裸姿で、全方向に(とが)った金髪をしており、手には刃を()き出した大剣を握っている。突如現れた大男を見たチュウビの表情が明るくなるが、一方の白尚坊は目を(ひそ)める。
 「・・・ほう。・・・狐狩りか」
 大男が白尚坊を見てニヤリと笑う。
 「フフフ。小童(こわっぱ)が。戯言(ざれごと)を・・・」
 ズバァァァ!!!
 「チッ。つまらねぇ」
 いつの間にか庭に下りて来ていた大男に血飛沫(ちしぶき)が降り注ぐ。その隣には、噴水の様に血を噴き出している首のない白尚坊の体が立っている。シュルシュル! ダン! そしてチュウビ達のいる屋敷の縁側に、白尚坊の首が降って来る。チュウビは驚いて飛び上がる。
「よくやったぞ、軍隊長“ヤマアラシ”。()めて(つか)わす」
 「うるせぇ黙れ」
 ヤマアラシと呼ばれる大男が、チュウビをギロリと睨み、刀に付いた血を振り飛ばしながら屋敷の中へ戻って行く。
 「な、・・・相変わらず何と無礼な奴! 貴様に武の才が無ければとっくに首を()ねているぞ!」
 チュウビが顔を真っ赤にする。
 「まぁ何はともあれ、これでまた名が上がりますな。“子将軍(ねしょうぐん)チュウビ”様の名が」
 側近の言葉にチュウビがニタリと怪しく笑う。

 完

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