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第五十九話 「コン吉」

 奥仙(おうせん)の山中を、しゃらく一行が各自大荷物を背負い、八百八狸(やおやだぬき)達の南山(みなみやま)(とりで)を目指して進んで行く。先頭を歩くウンケイが、芝三郎(しばさぶろう)から(もら)った古地図を見ながら歩いている。その後ろをブンブクが、四つ足でてくてくと付いて行く。そして殿(しんがり)を務めるしゃらくは、目は(うつ)ろ、情けなく舌をだらりと出し、木の棒を(つえ)代わりによぼよぼと歩いている。
 「なァ~。腹減ったよォ~。喉乾(のどかわ)いたよォ~。そろそろ休憩しようぜェ~?」
 しゃらくが力なく声を出す。
 「さっき城を出たばかりだろ。文句ばかり並べやがって。黙って付いて来い」
 ウンケイが振り返ることなく返事をする。真ん中のブンブクは、ニコニコと笑いながら尻尾を振っている。
 「えェ~! そんなァ~」
 しゃらくの情けない声が森に響く。
 
   *
 
 日が暮れた夜の森の中、しゃらく一行は焚火(たきび)を囲み、焼いた川魚を頬張(ほおば)っている。
 「うめェ~! この森のもんは全部うめェなァ!」
 「確かにな」
 しゃらくとウンケイは、むしゃむしゃと焼き魚を食べ進める。ブンブクも二人に負けじと、焼き魚を口いっぱいに頬張っている。
 「それにしても広いなここは。狸達の砦まで、まだ半分も来てないぜ」
 ウンケイが魚片手に、古地図を見る。
 「えェ!? まだ半分も来てねェのか!?」
 「あぁ。恐らく、あと三日はかかるな」
 「・・・!!?」
 ウンケイの話を聞いたしゃらくの開いた口が塞がらない。
 「まあ仕方ねぇ事だ」
 ウンケイが地図をしまい、持っていた魚を口に放り込む。
 「そんなの嫌だァァァァァ!!!!」
 しゃらくの絶叫が夜の森を突き抜ける。

   *

 奥仙(おうせん)の広大な森を進み続けて丸三日が経ち、チカチカと照り付ける木漏れ日を受けながら、しゃらく一行が歩を進めている。
 「んー・・・。このまま行けば、今晩には砦に着けそうだが・・・」
 先頭を歩くウンケイが、地図を広げながら(つぶや)く。
 「ようやくかァ〜! 長かったぜ!」
 最後尾を歩くしゃらくの表情がパッと明るくなる。
 「いや待て。それがこの地図、砦の付近が(かす)れていて、道がよく分かんねぇんだよ。距離的にはもう少しなんだが」
 ウンケイが立ち止まり、地図を凝視(ぎょうし)して頭を()く。
 「えェ? 何だそりゃア」
 そう言いながらしゃらくも、ウンケイの持つ地図を(のぞ)く。ブンブクはウンケイの肩に跳び乗り、同じように地図を覗く。
 「本当だな。掠れててよく分かんねェや」
 「お前らの鼻で嗅ぎ分けらんねぇか?」
 ウンケイが尋ねる。すると、しゃらくが鼻をクンクンと動かし、周囲を嗅ぎ回る。
 「ん〜。まだ距離が遠過ぎるな。匂いは分かんねェ」
 しゃらくが頭をボリボリと掻く。
 「そうか。困ったな」
 ウンケイが、地図に穴が空きそうなほど凝視する。
 「!?」
 すると、しゃらくとブンブクが一斉にウンケイの背後を見る。
 「ん? どうした?」
 ウンケイが二人の様子に気付き、背後を振り返る。ガサガサ! 三人の視線の先、茂みが揺れる。
 「アニキ! 久しぶり!」
 すると茂みから出て来たのは、先の合戦でウンケイに懐いた千尾狐(せんびぎつね)の子狐、コン(きち)である。
 「あ、お前!」
 ウンケイが目を見開く。
 「誰だ?」
 しゃらくがウンケイの方を向く。ブンブクは、ウンケイの肩の上で牙を()いて威嚇(いかく)している。
 「こいつは千尾狐(せんびぎつね)のガキだ。この前の合戦で知り合ったんだ。お前、こんな所で何してんだ?」
 ウンケイがコン吉に(たず)ねる。
 「おいら、使いをたのまれて歩いてたら、アニキが見えたから付いて来たんだよ! またアニキに会えてうれしいよ!」
 コン吉が、目を爛々(らんらん)と輝かせてウンケイに近づく。
 「アニキィ? ウンケイお前、こいつとどういう関係だ?」
 しゃらくが、両手を頭の後ろで組んで、少し冷ややかな目でウンケイを見る。
 「俺が呼ばせてる訳ねぇだろ! こいつが勝手にそう呼ぶんだ」
 「へェ」
 しゃらくがニヤニヤとほくそ笑む。
 「てめぇなぁ・・・! まあいい。丁度良かった。なぁお前、ここの砦の場所知らねぇか?」
 ウンケイがしゃがみ込み、持っていた地図をコン吉に広げて見せ、砦を指差して尋ねる。
 「なんだぁ! 丁度おいらもここに行くんだよ!」
 コン吉が嬉しそうに尻尾を振る。
 「おぉそうか! 良かった。なら案内してくれねぇか?」
 「うん、いいよ!」
 コン吉がニッコリと笑う。


 鬱蒼(うっそう)と茂る森の中を、コン吉を先頭にしゃらく一行が進む。コン吉は嬉しそうに尻尾を振り、張り切って先頭を歩いている。
 「ところでお前は砦に何しに行くんだ? 一応その砦は八百八狸(やおやだぬき)のもんなんだろ?」
 ウンケイが先頭のコン吉に尋ねる。
 「おいら、この手紙を届けに行くんだ」
 コン吉が、懐から封筒(ふうとう)を取り出して見せる。
 「なんだそりゃア?」
 しゃらくが頭の後ろで両手を組んで、手紙を見つめる。
 「それは何の手紙だ?」
 ウンケイが手紙をまじまじと見つめる。
 「さあね。中身はおいらも分かんない」
 コン吉が飄々(ひょうひょう)と手紙を(ふところ)仕舞(しま)う。
 「そうか。・・・野暮(やぼ)かもしれねぇが、あの後お前ら千尾狐(せんびぎつね)はどうなったんだ?」
 「うん。白尚坊(はくしょうぼう)様はご隠居(いんきょ)される事になったんだ。そして新しい千尾狐(せんびぎつね)の頭領にはイナリ(にい)ちゃんが選ばれた」
 コン吉が砦に歩を進めながら話す。
 「イナリ?・・・あのひょろ(なが)か!」
 しゃらくが相対(あいたい)した好敵を思い出す。
 「ん? ちょっと待て。今兄ちゃんっつったか?」
 しゃらくが聞き返す。
 「うん。イナリ兄ちゃんは、おいらの兄ちゃんだよ」
 コン吉が答える。
 「そうか。悪ィ。お前の兄ちゃんぶっ飛ばしちまった」
 「え!? お兄ちゃんがイナリ兄ちゃんを!?」
 コン吉が思わずしゃらくの方を振り返る。
 「あァ、悪ィな」
 「・・・そっか。まあイナリ兄ちゃんは無事だったし、戦だから仕方ないよね。それにしても、イナリ兄ちゃんを倒しちゃうなんて、お兄ちゃん強いんだね」
 「まァな! おれは天下無敵だからよ! ガッハッッハ!」
 ガン! 調子に乗るしゃらくを、ウンケイが薙刀(なぎなた)(つか)で小突く。その様子をコン吉とブンブクが笑っている。四人は和気藹々(わきあいあい)と砦に歩みを進めていく。

  *

 「チュチュチュ。それで、そなたの首で責任を取ると?」
 広大で(きら)びやかな屋敷から、高く意地の悪い声が響く。縁側を挟み、広い石庭で周囲を侍達に囲まれた、中央に敷かれた茣蓙(ござ)に座るのは、元千尾狐(せんびぎつね)軍総大将の白尚坊(はくしょうぼう)である。
 「フフフ。(わし)の首では釣銭(つりせん)が出るな。人間よ」
 
 完

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