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第五十八話 「丑将軍」

 「は!!?」
 しゃらくとウンケイが目を真ん丸にし、開いた口が(ふさ)がらない。正面のギョウブはニヤリと笑っているが、その(そば)に座る団二郎(だんじろう)芝三郎(しばさぶろう)は刀を手に持ち、(けわ)しい表情を浮かべている。端に座る竹伐(たけき)り兄弟は、しゃらく達の目的に驚いている。一方でギョウブの隣に座る太一郎は、相変わらず穏やかな表情のままである。
 「やい、しゃらく。お前らの事は好きだが、本当にそれが目的なら俺はお前らを(たた)()るぜ」
 団二郎が鋭い視線を向ける。その言葉に、ウンケイも傍の薙刀(なぎなた)に手をかける。
 「・・・あんたが十二支(えと)将軍ってのは、どういう事だ?」
 ウンケイがギョウブに視線を移す。
 「まあ正確には、俺が人間に化けた姿だがな」
 ボン! ギョウブが煙に(おお)われ、人間の姿に変化する。それはまさに鬼のような大男で、髪を後ろで結い、沢山の(ひげ)(たくわ)えている。
 「しゃらくよ。共に戦ってくれた事には感謝している。だから今のは、聞かなかった事にしても良いと思ってる。だがそれでも戦るってんなら、わざわざこんな所まで来てくれたんだ、相手してやる」
 ギョウブの言葉に、広間に緊張が走る。
 「・・・」
 しかし、しゃらくは(おく)さずに黙ったまま、ギョウブの目を見つめている。ブンブクは緊張に耐えられず、そそくさとウンケイの背中に隠れる。
 「・・・そっか!」
 しゃらくがニカッと笑う。
 「え?」
 ギョウブをはじめ、傍に座る狸達が唖然(あぜん)とする。
 「ほっほっほ」
 太一郎だけが笑っている。
 「・・・!?」
 ウンケイとブンブクも思わずしゃらくを見る。
 「いやァ、俺が天下を獲りてェのは、誰も泣かねぇような国にしてェからだ。その為に十二支(えと)将軍を倒してェんだ」
 しゃらくがニッと笑いながら話し出す。ギョウブらは黙って話を聞いている。
 「だからあんたらとは戦わねェよ」
 しゃらくが再びニカッと笑う。再び太一郎以外の全員が驚く。
 「・・・どういう事だ?」
 ギョウブが首を(かし)げて(たず)ねる。
 「ん? だって、あんたらは悪ィ事しねェだろ? じゃア戦う必要がねェじゃん」
 しゃらくも首を傾げて答える。広間に静寂が流れる。
 「だぁっはっは! そうか! 確かに利害が一致してりゃあ戦う理由がねぇなぁ!」
 ギョウブが大笑いする。隣の太一郎も笑っている。すると再びギョウブが煙に包まれ、元の姿に戻る。他の狸達とウンケイ、ブンブクは呆気(あっけ)に取られ、一気に体の力が抜ける。
 「はっはっは。ますます気に入ったぜ。俺達は元々、天下獲りには興味がねぇんだ。それならしゃらくよ、こういうのはどうだ? お前の一味には、俺達の家族であるブンブクがいる。それに俺達には絆がある。だからよ、より良い世の為互いに協力しようじゃねぇか。 “不戦(たたかわず)(ちぎ)り”を結ぼう」
 ギョウブがニコッと笑う。話を聞いたしゃらくは、ウンケイの方をチラッと見る。
 「・・・はは。そういう事ならいいんじゃねぇか? 俺達としても、十二支(えと)将軍が味方ってのは心強いしな」
 ウンケイがそう言いながら、ブンブクの頭にポンと手を乗せる。
 「だな。じゃア俺達は友達だな!」
 しゃらくがニコリと笑う。
 「よぉし! 誰か(さかずき)を持って来てくれ! 契りの盃を交わす!」
 
 
 同じ大広間で、ギョウブとしゃらくが盃を交わす。周囲のウンケイや幹部の狸達も微笑んでいる。
 「これで俺達は兄弟も同然。何かありゃあ、いつでも言って来い」
 「あァ、ありがとよ。おれ達も、また何かありゃア飛んで来るからよ」
 しゃらくとギョウブが互いに笑い合い、そしてガシッと手を掴み合う。すると後ろの幹部の狸達が歓声を上げ、手を叩く。微笑むウンケイの横に座っていたブンブクも、何やら楽しそうな雰囲気を感じたのか、嬉しそうに尻尾を振っている。
 「ところで、狐達とはもう折り合い着いたのか?」
 ウンケイが思い出したように尋ねる。
 「ええ。あの後、お頭と白尚坊(はくしょうぼう)様とで話し合い、互いに死傷者は出ませんでしたので、何とか和解する事が出来ました」
 芝三郎が答える。
 「どうやら、他の十二支(えと)将軍が狐達をけしかけたらしい。潰し合わせて、疲弊(ひへい)した所を叩こうって魂胆(こんたん)だろう」
 ギョウブの隣に座る団二郎が、酒をカッと飲み干す。
 「白尚坊様は好戦的な(じい)さんだからな。けしかけられりゃあ、黙っちゃいねぇ」
 竹伐り兄弟の竹蔵がニッと笑う。横の竹次は黙って(うなず)いている。
 「十二支(えと)将軍が? そんな姑息な事をするのか?」
 ウンケイが目を丸くしている。
 「わっはっは! 普通はそう思うよなぁ? だがあの野郎ならやるだろうぜ」
 ギョウブが豪快に笑いながら、酒瓢箪(さけびょうたん)の酒をぐびぐびと飲む。
 「お頭と同じ十二支(えと)将軍の一人、“()将軍(しょうぐん) 空鼠(そらねずみ)のチュウビ”」
 芝三郎が説明を続ける。
 「彼が(おさ)める国では金が採掘出来るようで、南蛮(なんばん)の国との貿易も盛んに行なっているそうです。今回は千尾狐に南蛮の武器を支援し、我々と奥仙(おうせん)を配下にしようと(たくら)んでいたようです」
 話を聞いたウンケイが、盃の酒をクッと飲み干す。
 「なんだそりゃア! (おとこ)なら正々堂々と戦いやがれ!」
 話に激昂(げきこう)したしゃらくが唾を飛ばす。
 「自分達の手を(わずら)わせず、敵の戦力を削る。まあ賢い戦い方ではあるな」
 ウンケイが(あご)に蓄えた(ひげ)を撫でる。
 「そんなの、おれは気にいらねェなァ! (おとこ)じゃねェ!」
 「だろうな。だが天下を目指すには、頭も使わなきゃならねぇって事だ」
 ウンケイがしゃらくを(さと)す。
 「けッ! おれはそんなの分かんねェから、そうゆうのはお前に任せるぜ」
 「馬鹿言え。俺だって頭は硬ぇんだ。・・・俺達にも策士が必要かもな」
 ウンケイが太一郎と芝三郎を見る。
 「おめぇら、この後はどうすんだ?」
 竹蔵が尋ねる。
 「そうだなァ。そのずりィねずみを退治しに行くか」
 「実際に会って見極めて来りゃあいい。意外と良い奴かも知れねぇぜ? わっはっは」
ギョウブが笑う。
 「それなら、この奥仙(おうせん)を南下して下さい。そうすれば、子将軍の治める国もありますし、他の十二支(えと)将軍にも会えるでしょう」
 芝三郎が、奥仙(おうせん)の古い地図を広げて説明する。ウンケイがその地図を(のぞ)き込む。
 「奥仙を抜けるにも、かなり距離があるな」
 「ここに我々の砦があるので、ここを拠点に使って下さい。この地図は差し上げます」
 「助かるぜ。ありがとう」
 芝三郎が地図を丸めてウンケイに手渡す。
 
 
 じりじりと日が照る中、しょうじょう(じょう)の前に大荷物を背負ったしゃらく、ウンケイ、ブンブク、その前にギョウブと幹部達、そしてポン太が立っている。
 「じゃア行って来るぜ! また来るからよ」
 「わっはっは。いつでも来い。お前も達者でな」
 ギョウブがブンブクの頭をゴシゴシ撫でる。ブンブクは嬉しそうに尻尾を振っている。
 「じゃあなブンブク! また遊ぼうぜ」
 ポン太がブンブクに手を差し出す。すると、ブンブクがポン太に勢いよく抱きつき、そのまま二人とも倒れる。
 「達者(たっしゃ)での。君達なら、()したい事がきっと()せるじゃろう」
 太一郎がニコリと笑う。
 「ありがとよ。じいさんも元気でな」
 ウンケイが微笑む。
 「じゃアなァ!」
 しゃらく一行が、八百八狸(やおやだぬき)達に見送られながら、しょうじょう(じょう)を後にする。
 
 完

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