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第五十七話 「八百八狸 対 千尾狐 完」

 奥仙(おうせん)中山(なかやま)の大草原。月明かりの下、互いの刃を交えていた八百八狸(やおやだぬき)千尾狐(せんびぎつね)が動きを止め、皆一点を見つめている。視線の先には、両軍の総大将の姿。しかし両者の様相は対極で、八百八狸総大将のギョウブが、力無く目を(つぶ)る千尾狐総大将の白尚坊(はくしょうぼう)をおぶっている。
 「・・・は、白尚坊様・・・!?」
 千尾狐達が持っていた武器を落とす。皆信じられないと言った様子で、目を見開いて茫然(ぼうぜん)と立ち(つく)んでいる。
 「お(かしら)ぁ!」
 こちらも対称的に、八百八狸達は持っていた武器を掲げ、声を上げている。
 「終わったか」
 八百八狸特攻隊長の団二郎(だんじろう)が、ニヤリと笑いながら指の骨を鳴らす。団次郎の周囲には、何人もの狐達が倒れている。
 「・・・」
 チャキン! 竹伐(たけき)り兄弟の竹次(たけじ)も刀を(さや)に収める。
 「よぉし!」
 少し離れた所で、竹伐り兄弟の竹蔵(たけぞう)が横になったまま拳を突き上げている。一方でその側にいる子狐のコン吉は、複雑な表情を浮かべている。
 「ハァハァ」
 倒れる狐達の中心で、ウンケイが息を切らしている。こちらも周囲には、持ち前の薙刀で()ぎ倒した狐達が倒れている。
 「やったか。・・・あいつは無事なのか?」
 ウンケイが額の汗を拭い、頭上の月を見上げる。
 「・・・終わったようだ。さて、この後はどうしましょうかね、太一郎様」
 「ほっほっほ。成る様に成るわい」
 八百八狸軍本陣にて、参謀(さんぼう)芝三郎(しばさぶろう)と太一郎が笑顔を浮かべている。その側でポン太とブンブクが、互いの手を取って小踊りして喜んでいる。
 「グガァァ!! ・・・グゴォォ・・・!!」
 (かたわ)らで踊っているのも気付かず、しゃらくが横になり大いびきをかいて寝ている。


 白尚坊をおぶったギョウブが、合戦の中心部へと歩いて来る。歓声を上げ抱き合っている八百八狸達と、膝を落とし悔し涙を浮かべる者もいる千尾狐達の間を、ギョウブが真っ直ぐと前を見つめながら進んで行く。そして中心に来た所で歩みを止め、大きく息を吸うう。
 「戦は終わりだ! だが、この戦に勝ち負けはねぇ! この戦において、俺は乱入者だからな! 刀を仕舞(しま)い、負傷した仲間には肩を貸し、それぞれの(さと)に帰れ! これはここにいる千尾狐の総大将も了承の事だ!」
 ギョウブが声を上げる。月明かりの下、ギョウブの一声により狐狸達の合戦は、幕を下ろした。

   *

 合戦から丸一日が経った月夜の晩。八百八狸達の郷であるしょうじょう(じょう)では、(にぎ)やかな狸囃子(たぬきばやし)が響いている。
 「だぁっはっはぁ!!! こうだしゃらく!」
 「こうかァ!?」
 大広間にて、壇上で腹鼓を打つギョウブと、しゃらくがその真似をして腹を叩いている。その様子を狸達が大笑いして見ている。その中には、太一郎や団二郎、芝三郎に竹伐り兄弟、そしてウンケイ、ブンブク、ポン太らが揃っている。
 「わっはっは! あいつは最高だなウンケイ!」
 竹伐り兄弟の長男、竹蔵がウンケイに肩を組み、しゃらくを見て大笑いしている。
 「ただの馬鹿だあいつは」
 ウンケイが酒を飲みながら笑う。
 「いやしかし、我々と共に戦ってくれて、君らには感謝しとる。ありがとう」
 太一郎がウンケイに頭を下げる。
 「やめてくれ(じい)さん。元々は俺達のせいでこうなったんだ。戦うのは当たり前だぜ」
 ウンケイが、頭を下げる太一郎を制する。
 「私からも礼を言わせて(もら)う。君達が居なければ、我々はきっと敗けていただろう」
 今度は芝三郎が、ウンケイに頭を下げる。
 「おいおい、やめてくれって!」
 その一方でブンブクとポン太は、ブンブクがポン太の団子を取ったらしく、団子片手に逃げるブンブクを、ポン太が追いかけ回している。賑やかな宴はまだまだ続く。

    *

 翌朝、しょうじょう(じょう)の大広間には、昨夜のどんちゃん騒ぎは何処(どこ)へやら、穏やかで静かな時間が流れている。しゃらく、ウンケイ、ブンブクが座っている前には、ギョウブに太一郎、そして幹部の団二郎、芝三郎、竹伐り兄弟が向かい合い座っている。ギョウブをはじめ狸達の全員が、目の前に座るブンブクをジッと見つめている。ブンブクは今にも気を失いそうなほど緊張し、小さく正座して(うつむ)いている。
 「・・・すまんが、お前の家族に心当たりはねぇな。八百八狸の血が流れてんのは間違いねぇが、この数年だけでも俺達は仲間を何人も失ってる。お前の両親はもうこの世にいねぇかもしれねぇな」
 ギョウブが、ブンブクを見つめながら話し出す。
 「・・・」
 それを聞いたブンブクは顔を上げ、ギョウブの目をジッと見つめた後、ゆっくりと再び俯く。隣に座るしゃらく、ウンケイも、心配そうにブンブクを見つめる。すると、ギョウブが再び口を開く。
 「だが、お前は八百八狸だ。そして共に戦ってくれた。それだけで充分。もうお前は俺達の仲間で、俺達が家族だ」
 ニコリと笑うギョウブの声を聞き、ブンブクが思わず顔を上げる。するとギョウブの傍に座る他の狸達も、ニコリと笑ってブンブクを見ている。それを見たブンブクは、鼻と口を震わせ、目から大粒の涙がポロポロと零れ落ちていく。隣のしゃらくとウンケイもニッと笑っている。
 「で、どうするブンブク? ここに残るか、それとも俺達との旅を続けるか」
 しゃらくが頭の後ろで手を組みながら、ブンブクに尋ねる。
 「・・・!!?」
 ブンブクが驚いた表情でしゃらくとウンケイを見つめる。
 「・・・」
 ウンケイは黙ったまま目を瞑っている。ブンブクは再び俯く。
 「ほっほっほ。いきなりわしらと暮らせと言われても、困るのは当然じゃろう。では、こうゆうのはどうじゃ? これまで通りしゃらく君らと旅を続け、帰りたくなったら此処(ここ)へ戻って来ればええ」
 太一郎が優しく微笑(ほほえ)む。ブンブクは話を聞き、パァッと表情を明るくし、何度も首を縦に振る。
 「へッ! お前なんて荷物持ちだからなァ」
 するとしゃらくが、言葉こそ(ひど)いが、とても嬉しそうにニヤニヤと笑う。
 「またよろしくな」
 ウンケイは優しく微笑みながら、ブンブクの頭を撫でる。ブンブクも嬉しそうに、尻尾をブンブンと振っている。
 「ところで、しゃらくさんとウンケイさん。あなた方の旅の目的は何です?」
 端に座っていた芝三郎が口を開く。
 「おれ達は、天下を獲る為に旅してンだ!」
 しゃらくが鼻息を荒くし、自慢気(じまんげ)に喋る。すると話を聞いたギョウブの耳がピンと立つ。
 「・・・ほう。天下をねぇ・・・」
 ギョウブだけでなく、傍にいる狸達も表情が少し険しくなる。しかし太一郎だけは表情を変えず、穏やかな顔のままである。
 「・・・?」
 ウンケイだけは、何やら不穏な空気を察する。しかし、しゃらくの方はそんな事とは(つゆ)知らず、相変わらず自慢気に話を続ける。
 「あァ。その為に、十二支(えと)将軍全員をぶっ倒すんだ! ここへ来たのも、(うし)酒呑童子(しゅてんどうじ)って奴を倒す為だ!」
 「!?」
 大広間を静寂が流れる。流石のしゃらくも異変に気が付き、周囲を見回す。すると、団二郎と芝三郎が険しい表情で、脇に置いた刀を手に持っている。そして中央のギョウブがニヤリと笑う。
 「そうか。なら敵は目の前にいるぜ? その丑の酒呑童子ってのは、俺の事だ」

 完

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