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アラハスの悲劇

結局トガリになんの悩みを聞くのか忘れてた。まあ別にどうでもいいのかな。

俺がみんなの元に戻った頃には全員寝入ってたし。俺もすぐ寝ることにした。

そして、同じような景色が延々繰り返されること約三日。正直俺もジッとしたままでそろそろ大声で走り回りたくなってきた頃だった。

地図なんかない。頼みはトガリの感覚のみ。



「みえた!」あいつの声で飛び起きたのは、それから約二日後のことだ。馬車の板の間で寝続けていたから身体中が軋みを上げていた。

手綱を手にしていたトガリが立ち上がって、その長い爪で遥か前方を指差している……が、俺たちには何も見えない。

「え、分からないの? あそこに大きな岩山があるのに」

全く駄目。それが判別できたのはトガリだけだったから、代表して俺が一発殴って黙らせた。あいつが言うには、この馬車で半日くらいの距離だとか。ンなモン分かるかってーの。



なんだかんだでアラハスへ着いたのは、それから丸一日経った昼下がりだった。しかしトガリいわく「その方が都合がいい」んだそうだ。

なぜかというと、トガリたちモグラの民は砂漠の強烈な日差しを嫌うからだとか。

無理もねーか。基本ずっと涼しい岩山の中で暮らしてるしな。

だからみんなメガネかけてるんだろって俺が返したら、突然顔面にジールの拳が飛んできた。

「そーゆー種族を愚弄するようなことは言うモンじゃないから」だと。いやそんなこといきなり言われたって全然ピンとこねーんだが。

「じゃあさ、ラッシュの一族は粗暴ですぐ人殺しするんだって警戒されたりでもしたら、ラッシュは気分良く受け取れる?」

ごめん、ますます意味がわからなくなった。そもそも俺の一族なんて誰もいないだろーが。



ジールの大きなため息がひとつ、沈みかけた熱い空に消えていった。



岩山が眼前に迫ると、その巨大さに驚きの声が。

リオネングへ通じる巨大な門をさらに上へとハシゴのように繋げたくらいの高さ。いや、変な表現かも知れないが、それだけ大きかったんだ。



しかし……外で番をする連中すらいない。というか俺たち歓迎されているのか? なんて思えてすら来やがった。

ルースは「国とは違うからね、ある意味アラハスは一つの国のように大きな村みたいなものさ」と俺やフィンに説明してはくれたのだが……いまいちピンと来ない。

「ちょっと前に先遣の人が出向いたって聞いたのに……」ずっと不安に曇っていたトガリの顔だったが、ここに来てますますかげりが見えてきた……やべえな。

「俺が先に行こうか?」

「ううん、この中は迷路みたいなもんだから。僕が先に見てくるよ」

俺の静止を振り切って、トガリは駆け足で岩山の中へと消えていった。

「僕も前に来たことあるけど、ここの人はよそ者に対してとにかく警戒してるからね……」

ルースがそう言うと、面倒くさそうに砂塵に茶色く染まった髪をかきあげた。

まあ、とりあえずはトガリの帰ってくるのを待つしかないってワケか。

……………………

………………

…………

とはいえ、とっくに日は暮れ始めてきたっていうのに、一向にあいつは戻ってくることはなかった。

「まさか……トガリさんの身になにか⁉︎」アスティが不安の声を漏らす。

そうじゃないと信じたいが、こういう時って常に最悪のパターンを想定しとかなきゃいけないしな。

しかし、俺以上に早く反応したのは他でもない、元斥候のイーグの方だった。

……なんか、いつもと目つきが全然違うし。

「アスティは真ん中。ラッシュはケツな」

あいつは間髪入れずに指だけで素早くサインを飛ばした。言葉少なに。

中はおそらく狭い、だから先頭がイーグ、でもって次に背の高い弓兵のアスティが真ん中でカバーして、頑丈な俺はしんがりをつとめろってことだ。

イーグは地形からなにから瞬時に見極めていたってことだな。

「あ、いや、ここ砂地だから鼻が効かねーんだわ。だから適当に選んでみたんだ」

岩山にいざ入るとき、あいつはあっけらかんと答えてた。

一方、アスティはと言えば、久しぶりに俺と組めるのが嬉しかったみたいだ。やっぱり俺の大ファンなんだな。

「中の連中が気絶してても、変な起こし方するんじゃねーぞ」俺が念を押しておくと、あいつはすいませんと小さく謝ってた。



さて……アラハスへ通じる岩山はといえば、俺の耳の先がギリギリかするくらいの高さだ。いつもの大斧を持って行かなくてよかったかも知れない。

身を守るものは、腰に下げた一振りのナイフだけ。

だがナイフとはいっても俺専用にあつらえたものだ。人間であれば、さしづめ小ぶりの剣くらいかもな。

小さな、砂をググッと踏み締める音だけが暗い静寂に響く。本当にこの中でトガリの仲間がいるのかって疑問を持ってしまうくらいだ。



しばらく歩き続けると、イーグが前を見続けたまま、止まれの合図をした。

そのまま人差し指をピッと。うん、これは以前ジールに習ったんだっけ。



前方に一人。それだけだ。

目をこらすと、俺の目にも小さな影が見てとれた。

しかもその影、よく見ると……トガリじゃねーか!

「ラッシュ……」今にも泣き出しそうな、あっという間に消え入りそうな声だ。

「どうしたんだトガリ!」

「トガリさん、いったいなにが⁉︎」

「トガリ、お前今までなにしてやがっ……ていてえええ!」

怒鳴りそうになった俺の足先を、イーグが思いきり踏みつけた。

いや違うだろ、ンなことしたら余計に叫んじまうし!



「父さんと、母さんが……」

そう言ってがくりと大きく膝をついた。なんなんだ一体、トガリの両親がどうかしちまったのか⁉︎

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