アラハスの長老
俺たちが来るのより先に、何者かがここを襲ってきたのか……?
「父さん、母さん……長老もみんな……」
「(なんか変じゃねーか?)」俺の疑念を聞き取っていたかのように、イーグが小声で話しかけてきた。
「お前もそう思うか」
そう、俺ら獣人にはわかる。第一この岩山に住んでいるトガリの一族が、何者かの襲撃を受けて皆殺しにあったのなら、ここへ足を踏み入れた時点から血の匂いがしているはずだ。しかしそれが一切ないんだ。
あいつが演技で俺たちを騙してる? それも違うな。
ならばトガリはどうして……
「え?」突然、アスティの調子の調子っ外れな声が。
「えっと、僕は別にみんな死んだなんて言ってないけど」
「じ、じゃあ一体なんでそんなに意気消沈してたんですか……? てっきり僕たち、トガリさんの村が襲われて、みんなが人質にされたか殺されたかとばかり」
「いやいやいやそんな! だったら大急ぎでここに戻るから! ただ僕は……」
すると、トガリの会話をさえぎるかのように、暗闇の奥からバタバタと大勢の走る音が。
「待ってよお兄ちゃん!」
「ずるいよ兄ちゃん! おみやげ持ってきてないなんて!」
それはトガリをさらに縮小したかのような、たくさんのモグラの子供たちだった。もちろんあいつ同様、全員メガネをかけている。
「すごい! みんなお兄ちゃんの友だち!?」
「人間だ!はじめて見た!」
「おっきいー! お兄ちゃんの背たけの倍以上ある!」
ざっと確認して五人。初めて見る他の種族だったのか、とにかくすごいすごいとまとわりついて離れない。
つーか、ルース言ってなかったか? モグラ族は警戒心強いって。
「み、みんな、僕の弟と妹……なんだ」
「ああ、見りゃわかるさ。だけどなんであんな死にそうな顔して出てきたんだ?」
とりあえず虐殺とかじゃなくてちょっとだけ安心した。しかし……
「そ、それに関しては戻ってから説明するよ」
……………………
………………
…………
ミニサイズのトガリを引き連れて、俺たちは馬車へと戻った。
「すっげー! 猫のお姉さんだ!」
「トカゲいるよトカゲ! みてみて皮膚すべすべ!」
うん、ヤバいくらい好奇心の固まりだ。ジールやパチャにくっついたまま離れてくれない。
とりあえずジールが持っていた砂糖菓子をみんなにあげて事なきは得たものの……なんかドッと疲れが出てきた。豆台風だなこりゃ。
「ごめん……今はまだ村に行っても誰も歓迎してくれないと思う」
疲れて寝入ったチビモグラを膝の上で寝かせながら、みんな以上に疲れきった顔でトガリは話した。
「どういうことだい? そりゃ確かに半ば無理やりアラハスに物々交換を依頼したのは我々も謝る。けどそれはアラハスらしさに欠けると思うんだけどな……」
そう、ルースが疑問に思うのも無理はない。普通はあちらさんが出迎えてくれるのが筋ってもんじゃないかとな。なんか図々しい考えかも知れねーけど。
「全ては、僕のやったことが原因なんだ……」
え、トガリなんかやらかしたのか?
「……その件に関しては、私が説明しよう」
突然、年寄り特有の妙に甲高い、ひょろっとした声が岩山の上から聞こえた。
「え、ちょ、長老!?」
うろたえるトガリの視線の先には……白いヒゲを顔中にたくわえた、やはりメガネのモグラが。
いやそいつだけじゃない、トガリによく似た容姿の大小さまざまなモグラたちが、長老の周りに何十人も集まって俺たちを見下ろしていた。
「リオネングの使節の諸君。遠路はるばるよくお越しくださった。私が紅砂地族の長、サパルジェだ」
「あ、アラハスの長老……初めて見た」
サパルジェってそんなにすげえジジイなのか。
見上げるルースの声が驚きのあまり、かすかに震えていた。