朝靄にけむる砂漠で
朝日がそろそろ顔を見せるころ、俺たち一行はリオネングを旅立った。
俺はというと、別に何をやるわけでもなく、馬車の奥で果物屋のババアからせん別代わりにもらったリンゴをひとかじり。
これが最後のリンゴだって、だからみんなで分け合って食べてね、と。
その言葉を思い出したときにはすでに遅く、俺とチビとでもう麻袋に入ってたほとんどを食ってしまっていた。
ヤバい、あと一個だけだ。
とりあえずリンゴもらったことは秘密にして、ごとごとと揺られる馬車の屋根にチビと上った。
身体中を吹き抜ける朝の冷たくて爽やかな風。久しぶりだな、こんな気持ちいいのって。
朝日に照らされ、俺の膝の上に座っているチビの髪が、深い緑に輝く。
ちょっとくせっ毛気味な頭を撫でると、誰に似たのだろうか、意外と硬めの毛だ。
「おとうたん、これからどこいくの?」
「トガリの故郷だ」
そういえば、以前ちょこっと話しただけであいつの故郷ってどんな感じなんだか全然知らなかったっけ。
チビにそう質問されるまで別にどうでもよかったけど。
あいつはずっと仕事で寝てなかったから、もう一台の馬車の中で爆睡してるはず。あとで昼メシ休憩取る時にでも聞いてみるか……
「ラッシュよ」
突然、チビの声色が変貌した。それもどこかで聞いたことのある女の声。
恐る恐る顔をのぞき込むと……まただ、あのパデイラの時と同じく半分眠っているかのような、恍惚とした目に。
「ネネル……か?」
「ああ、怖がらんでもいい、もしもの時を思って、妾の髪に飛ばせる意識を閉じ込めておいたのじゃ」
髪って……そうか、チビの手首に巻いたあの髪が!
「とはいえ、身体までは動かすこともできぬし、離れれば離れるほど飛ばせる時間は短くなるがな。なのでとりあえず今話せることだけ話しておこうと」
「なんの話をだ?」
「決まっておるであろう、この稚児の話じゃ」
そういえばこいつの両親の話ってすっげ中途半端なうちに終わったんだっけ、とは言ってもそれほど詮索したい気も起こらないでもないし。
ネネルは続けた。
彼女が捨てた故郷、マシャンヴァルは自分から跡継ぎを作ることは不可能なんだそうだ。
他国からの高貴な……つまりは王様の血を取り込まないと、この国は滅んでしまう。つまりオコニドが戦力を求めにやってきたのは、まさに僥倖であり必然であったわけだ。
双方が、国として生き続けたい条件。共に合致した結果、ネネルの姉ゼルネーとオコニド最後の王は結ばれた。
「前にルースが話してたな、政略結婚ってやつだっけか?」
「うむむ、似ているようでかなり違うな。そもそもオコニドにはもはやリオネングと戦うだけの力は残されていなかった。ゆえにマシャンヴァルの秘術に頼るしか道は遺されていなかったのじゃ」
「秘術って、なんじゃ?」ヤバい、ネネルの口調が伝染した。
「うむ、お主の血の巡りの足りない頭にも分かりやすいように説明するとな……つまりは、マシャンヴァルは国そのものが生きておるのじゃ」
「生きてるって……地面がか?」
「そう。古くは我が父であるディズゥもマシャンヴァルから生み落とされた存在。大地に血が流れ、そして水にも空気にも気は宿っておるのじゃ」
「つまり、地面を切ったら血が出たりするとか?」
チビ……じゃない、ネネルは軽く吹き出すと「お主は本当に楽しい発想をするな。しかしそれは本当じゃ」と楽しそうな声で答えた。
なるほどな、まあとにかく俺らが思っている以上に訳のわからん国……ってことか。