昔の男
「ラッシュはあたしのこと、好き?」
思わずブッと吹きそうになった。唐突だ。
「好き……なのかな。いまいち分からねえ」
「まあそうだよね。あたしだってラッシュにそれ以上の感情を抱いたのって、つい最近だし」
「それまでどう思ってたんだ、俺のこと」
ジールは俺の肩に身体を預けた。まるでじゃれつくかのように。
「んー、ちょっと同情しちゃうタイプ、かな?」
なるほどそういうことか。つまりはこいつがさっきまで言ってた通り、世界のことも自身のことも、全く知らない奴だったから……ってわけか。
「それもある、けど……まだそれを教えるのはやめとこっと」
ほら来た。肝心なことはいつも薄布の向こうに置いたまま。自分の生い立ちすら俺に全く話してくれないのにな。
「それが女性っていうんだよ、ラッシュ」
くすっと微笑みを向け、あいつは俺の頬に軽くキスをした。
「あたしは、あなたのこと大好きだよ」
あまりにも唐突で、胸がドクンと大きく高鳴った。
「お前にも好きなやつ、いるんだろ?」
浮かれた頭で瞬時にそれを言って後悔。やべえ、うかつだった。
「ウェイグだっけか、そいつ……」
あいつが酔っ払ったときに寝言で口にしてた、その名。
「え、ちょ……なんであんたがウェイグのこと知ってンの!?」
ヤバいと思ったけどもう遅かった。いきなり恋人の名前を出されて、あいつもみるみるうちに驚きと怒りが混ざり合ったような顔色に変貌していった。
「や、やっぱりお前の彼氏じゃねーか」
「つーかそうじゃなくて、なんでその名前知ってるのよ! 誰にも話したことないのに!」
「寝言で言ってたぞ」
「まって、いつあんたの隣で寝たのよ、あたしそんな記憶ないってば! ふざけないで!」
「あ、あのー……夫婦喧嘩してるとこすまないけどさ、馬車の準備……」
出発の準備が整ったからだろうか、パチャが俺たちの間に割って入ってきたのはいいが……
「あァン? 誰が夫婦だって?」
おそらく、ジールが今まで見せたことすらない怒りの眼光。
それを一目見るなり、パチャの顔から笑顔が消え失せた。
もちろん俺もだ。つーかただあの時ジールが口にしたやつの事を聞いてみたかっただけなのに。
「え、えっ……と、ジールさん、なんか怒らせちゃいました?」
「ううん、別に」
俺の目を見ることもなく、ジールはすたすたと足早に裏庭から去っていった。
「ラッシュ、なんかジールさんと口論でもしてたの?」
「いや……ただあいつの彼氏の話を聞こうとしただけだぞ?」
俺のその言葉に、パチャの顔がこわばった……というか凍りついていた。
「いや、それヤバいっすよ。女性ってその手の話はすごい敏感だし。だからジールさんめっちゃ激怒してたのかも」
そうなのか……俺もこの手の話なんてしたことがなかったから、なんで急に起こり出したのか全然分からなかったし。
「パチャもそういう話されたら怒るのか?」
「うーん……どうだろ? あたいもいきなりフィンに求婚させられただけしかその手の経験無いしなあ」
「あいつにどんな求婚されたんだ? 花とか宝石でももらえたとか?」
「それは秘密」
はぁ。女ってよく分からない生き物だな……
そして日の出とともに、俺たちの馬車は最初の目的地、アラハスへと向かった。
そう、トガリの故郷へと。