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話はさかのぼって

旅立ち前夜。

トガリ大臣は城でいろいろキャラバンの計画やらルートやら話し合っていたらしく、帰宅するなり厨房で爆睡していた。
やっぱり快く思ってない連中もいたらしく、なんでこんな獣人の子供にリオネングの未来を任せるんだ、とか説き伏せるのにも必死だったらしい。
まあ結局ラザトとイーグが裏でにらみを効かせたって話だが。

さて、やっぱり……というか、メンバーは俺たち気のあった連中で固めてくれたみたいだ。
トガリを筆頭に俺とイーグとパチャとジール。そしてルース。
「マティエは一緒に来ねーのか?」
「うん、ラザトも来たことだし、手薄になった城を守ってもらわないとね」だとさ。それにあの女に関してはイーグがあまり快く思ってないしな。今はチームの輪の方が大切だ。

んでもってメンバーはまだまだいるんだこれが。
アスティ……これはわかる、あいつ弓得意だし。
フィン……まあいいか。パチャと結婚してるんだしな。

そしてロレンタ。

……え?

「ごめんなさいいいいラッシュさん! どうしても同行したいって聞かなくて、姉さん……ラザト叔父さんに陳情してたんですよ!」久々に俺んちに来たアスティが、泣きそうな顔で俺に説明してきた。
マジかよ。つーかなんでまたこんな時に?
「ええ、まだラッシュさんが聖女認定するのをあきらめていないんです。それに……」と続けようとした途端、アスティは口ごもった。なにが言いたかったんだか。

そういや、タージアは例の王子の求婚のことが心の隅に残っているらしく、今回は同行するのはやめておくそうだ。それに双子は最近タージアの方にすごく懐いてきてるしな。お守りという意味でもよろしくお願いしたい。

でもって、エッザールとナウヴェルのことなんだが……そう、例のラウリスタの件だ。
なんでも奴のいる目星が付いたとかつかねーとかで、まずは足取りを探りに俺らより先に専用のデカい馬車で出て行っちまった。

本来なら俺もナウヴェル達と行きたかったんだけどな……こればかりはしょうがないか。
あのバケモノを殺したことで、瘴気は刻一刻とリオネングの地を蝕みつつあるってネネルは言ってた。

そう、俺とネネル以外は解決するすべを知らないんだ。
どうやって話せばいいんだか……頭の中がずっと悩みでモヤモヤして、俺もトガリ同様眠れない日々が続いていた。
やっぱり……誰かに話さなきゃならないかな。

明日に向けての荷造りで、だだっ広かった食堂もすっかり手狭になっちまった。
俺はいそいそと帳簿にチェックを書いてるルースを見つけ、ちょっと話をつけることとした。
イーグ以外に心許せる存在は他にもいるが、やっぱりこんな時は……そう、こいつが一番だしと思って。

「え、いや、まあ……もうおおかた作業は終わったしね。話なら……う、うん」

ルース……なんか妙によそよそしくねーか?
まるでなにか隠し事があるみたいな。
⭐︎⭐︎⭐︎
いつもの裏庭でルースと話すことにした。

しかし……というか、やはりこんな場所にもダジュレイの障気の影響は出ていた。
もう春だというのに足元の芝は黒く枯れ果て、訓練に使ったあの大木は葉を茂らすことなく、痩せた枝が力なく伸びているだけだった。
このままじゃ、こいつも死んでしまうだろうな。

「僕も、その……話したいことがあってね」
いつにもなくルースは精彩を欠いていた。つまりは元気が全然ないって奴だ。
まずは俺からだ。
「アラハスに行ったら、俺とチビは先にスーレイに行こうと思う」
「え、なんでまた?」
こいつが驚くのは分かってた。ある意味単独行動だからな。
さて……ここからは、と。
「こ、この痩せた土地の元凶がそこにあると突き止めたんだ……」
「どういうこと? そんなこと誰から聞いたのさ。まだ僕らはなにも分からないっていうのに」
ここで一発殴って黙らせるのがいつものやり方なのだが……理由、うん。追求されるとは思っていたし。
だから俺なりに精一杯の嘘で対抗することとした。
正直なところ嘘をつくのは嫌いだ、すごく苦手だ。オマケに親友のルースを騙すってことが、もう。

つまりはこういうことだ。
ダジュレイを倒してしばらく後、バクアからの帰路の最中、チビが突然何かに取り憑かれたかのように俺に話しかけてきた。
誰だかって? ンなこと知るか。
そいつはチビの身体を借りて俺だけに告げてきたんだ。
「これからお前の故郷が災厄に見舞われるであろう」と。
俺はそんなこと当初は全然信用してなかった。チビが寝言でも言ったんじゃないかって。
けど、この状況を見てそれは本当のことだと身をもって知らされた。
ダジュレイの血がリオネングを冒しているんだって。
そして、この大地をまた元通りにするのには……

「スーレイの地に住むズァンパトゥを訪ねろ。と言われたんだ」
「ズァパト……ッ?」うん。ルース思いっきり噛んだ。
ともかく、その舌を噛んでしまいそうな奴はスーレイにいる。なんでもダジュレイとは対の関係だとか。
そいつを説き伏せれば、リオネングの大地を治すことができるだろうと。

「そっか……だから先にスーレイに行きたい、と」
そういうことだ。絶対にネネル姫がアドバイスしてくれたなんて言えるワケないしな。これはイーグと俺だけの秘密みてーなもんだし。

「うん……なんかイマイチ釈然としないけど、ラッシュだけにそれを伝えたっていうのも、きっと君が……あ、いや」
ルースは口ごもった。なんなんだ?
「僕も一緒に連れて行ってもらえないかな?」
「え、そりゃちょっと……」
「僕にも知る権利はある。護衛とまではムリだけどね」
「で、できればチビと俺だけで……」
「ラッシュ、僕の話を聞いて」

あいつの真剣な眼差しに、俺の息が止まった。
なんでここまで知りたいんだ。これでネネルのことがバレたりでもしたら……
……いや、逆にそこで知ってもらうのもいいかも知れないな。
「前にも話したよね、僕の弟がマシャンヴァルにいるって。だからそのズンバッ……トに聞いてみたいんだ。あの国のことを」
また噛んだし。

「お前の身体は大丈夫なのか?」
「ああ、最近発作は出ていないから安心して」
それも俺の心配の種だった……まあ、それならいいかな?

「ラッシュ、君と僕たちとはなにがあろうと仲間だ。僕は君を裏切らない。だから……」

冷たい風がふいに俺とルースの間を吹き抜けていった。
黒くなった枯れ草が千切れ、つむじ風のように舞っている。
「君もチビちゃんがどんな存在であろうと、仲間であることには変わりな……ってぐはっ!」

なんか言ってる意味がよく分からなかったから、とりあえず殴って黙らせた。

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