二人に流れる血
「なぜ稚児がお主にだけ懐いているのか、知りたくはないか?」
「いや、全然」
目論みが外れたかのような驚きの顔。なんかあいつらしくなくて、ちょっと可愛くって。
「あ、あのな……お主もパン屋と同じか。普通こういう場合は知りたがるのが世の常とは思わんのか?」
「はあ? 別に世界がどうなろうと俺にはかまわ……いでええ!」
いきなりネネルは俺の左耳をぐいっとつかむと、虫よりも小さな声でそっと話した」
「分からぬか? 稚児に流れているマシャンヴァルの血がそうさせておるのだ」
「なんなんだよいきなり! だからチビがどうであろうと俺には関係ねえ!」
「ち! が! う!!! よく聞けこの愚鈍犬!」
耳元で怒鳴られた、頭がキンキンする。
「お主も妾と同じマシャンヴァルの血が流れているのだ」
え。
いまなんて言った?
「つまり……だ。稚児もお主も我がマシャンヴァルの人間ということだ」
「俺がマシャンヴァルだと!? 嘘言うな! 俺は見ての通り獣人だ、チビやお前とは全然似ねえじゃねえか!」
確かにマシャンヴァルには変な怪物もいたが、俺たちみたいな獣人はいないと思ってた。ゲイルの奴だってそうじゃないか、人間の身体になりたくてわざわざあんな国にまで行っちまったんだし。
だから……マシャンヴァルに獣人がいると言うこと自体いまいちピンと来ねえ。
「うむ、正式にいえばお主は末裔じゃ。マシャンヴァル王族を護るために造られた最強の兵。それこそがオルザンの黒き衣……グラーシュだ」
「グラー……シュ?」それが俺を指す名なのか……?
……………………
………………
…………
「つまり……おやっさんが今までラッシュや僕たちに話してたことは……」
「そうだルース。つまりは嘘ってことだ。兄ぃは掃除の最中に左足を無くしたことも、酒場で子供を買ったってことも全てな」
「だけどなぜここまで隠す必要があったのだ? しかもラザトも知らなかっただなんて、そこまで秘密にしたかった意味があったとは……」
マティエが手にした小さな手帳。
その表紙の四方には錠前が取り付けられており、誰もが開くことのできない作りとなっていた。
「ああ、マティエの言う通り。この封印された日記を紐解くまで俺も知らなかった。兄ぃは死んでも隠したかったのかもな」
「おやっさんはマシャンヴァルがかつてのオルザンであることを薄々分かっていたのかも知れない。だからこそラッシュのことを隠したかったんだ……でも」
ルースは二人の目をじっと見つめた。いつもの優しさを含んだ目ではなく、強い意志をもった目で。
「たとえ敵国マシャンヴァルの生まれであろうと、ラッシュはラッシュだ。リオネングの……いや、僕たちのかけがえのない仲間だ」
「そうだな……生まれなんて関係ない。戦友として私も信じるさ」
「ああ、これでますますあのバカ犬から目を離せなくなったぜ。そうだろご夫婦さん?」
ラザトの言葉に、二人は安堵の笑みを浮かべた。