ラウリスタの魂、ナウヴェルの使命
ーナウヴェルは、俺の愛用の大斧を手にし、小さな目でじっとそいつを見続けていた。
あの巨体からして、俺の斧なんてまるで食事に使うフォーク並みにちっちゃく見えちまう。つーか爺さんも使いたいのか?
「……なるほど、な」どのくらい凝視してたんだろう、もちろん俺たちも余計な口を挟むことなんてできるわけがないし。誰も何もつぶやかないまま、めちゃくちゃ長い時間が経った感じがする。
「間違いない、確かにこれはラウリスタの鍛えし業物だ」そう、ナウヴェルは静かにつぶやいた。
ラウリスタっていやぁ、この斧を作ってくれたワグネルの本名だったな。そりゃそうだろ、キレ味からなにから他の武器とは違うんだし。
「だが、やつの精神が微塵も込められていない……こいつは」
そう言うなり、爺さんは斧を握っていた腕を大きく振りかぶった。
え、精神が込められていないって、いったい……!?
その腕が、ブオン! と大きく空気を切り裂いた……いや、俺の頭上でだ!
……それはピタリと、俺の鼻先で止まった。先端の槍状の切っ先が、ツンと俺の鼻を突っつく。
「分かるか、ラッシュ?」緊迫した空気の中、爺さんが俺に問いかけた。
分かるも何も……これってつまり、
「本気でやったら、俺の身体なんて真っ二つになるぞ、ってことか?」
「お前らしい答えだな。それは半分合っていて半分外れている」
うん、よくわからん。つまりどーゆーことだ?
「これをお前の身体じゃなく、別のもので試してみるとするか」
そう言うと、今度は俺の斧ではなくエッザールの剣に持ち替えた。
使わなくなったテーブルに向かって、ナウヴェルはさっきと同じく渾身の一振りを、ふっと一閃。
俺の斧と同じく空気を切る音……だがなんか違う。
どうやってこれを表現していいか困るんだが、俺のと違って、音が静かなんだ。
ブォン! と ふっ。ナウヴェルの振り方は一緒。力の込め具合もだ。
乱暴な音と、静かな音と。なせだ? 武器のサイズが違うからか? どうしてここまで違うんだ!?
「見ろ」
剣を正眼に構えたままのナウヴェルが、目でさっきのテーブルを指した。
その直後だ。
「な……んだと!?」
テーブルが、音もなく真っ二つに割れ……いや、切れた。
マジかよ、このテーブルには一切触れてなかったのに。まるで……切った空気がそのままテーブルまで切っちまったとかなのか?
「本物のラウリスタはこうなる。魂そのものを削り、そしてそれを刃に込めた珠玉の業物だ。そしてそれは使い込むほどに切れ味を増す」
「いや待ってくれよ爺さん、ってことは俺の斧はまだ使って数年も経ってない、だったらエッザールのより切れ味が良くないのは当然の結果じゃねーのか?」
だってそうだろ? 使い込むほどに切れ味が増すのならば、俺のはまだまだってことになる。それがラウリスタの創った剣の仕様ならばだ、
「ああ。お前の言う通りだ。だがな……刀鍛冶の道を捨てて数百年。まだまだ私も見る目は衰えてはいない」
そう言って、またナウヴェルが言葉を紡ぐ。
「魂無き武器は、いつまで経とうが使い手と共には育たぬ……つまりは、」
床に突き立てた俺の斧に、ナウヴェルは吐き捨てた。
「この斧は、本物という名の贋作だ」
⭐︎⭐︎⭐︎
みんな各々の場所へと戻り、食堂には俺とナウヴェルの二人だけになった。
そして明日はトガリの大臣就任式だとか本人が言ってた。
仕事早く行きたいってのにいちいち式なんかするかね? お偉がたどものこういうところが好きになれないんだよな……クソな儀礼を最優先するバカ連中としか思えねえ。
でもって、ナウヴェルはこれまでの経緯を俺に話してくれたんだ。
ワグネルとの継承者争いに負けて、自分は傭兵の道を選んだことを……な。
「ンで、爺さんはどーすんだこれから?」
「もちろん、お前たちの仕事に同行させてもらうさ」
そういやそうか、俺の鎧となるって話してたもんな。
あと、もう一つ目的が増えたんだ。それは……
「ワグネルがどこにいるか、奴に会いたいのだ」
まあ、言わなくてもわかるよな。俺の造ってもらった大斧だが、あれはラウリスタとしての魂が込められていないとのことだ。
あいつ……いわゆる、ラウリスタの鍛えし武器というのは、そんじょそこらの名剣とは全然違う。
それは、使い手の意思すらも斬れ味に変わる……という。
なんかよくわからないけど、使い手が斬れると念ずれば斬れるし、斬りたくないと思えば斬れないんだそうだ。
俺の斧はそれができない。って爺さんは断言した。
「何でもかんでもぶった斬るしか思っちゃいないお前には考えても無駄なことだ」
あーそーかい。だったらこの斧まだしばらく使わせてもらうさ。たとえ心のこもってない武器だと言われてもな。
で、本家を見つけていったいどーすんだ爺さん?
「うむ。まずはあいつに真意を聞きたい。何故このようなゴミを売りつけるまでに落ちぶれたのか……名声を求めるがあまりカネに目が眩んだのか? それとも……」
「誰かに弱み握られて、武器の粗製濫造しているかも知れないしな」
そういうことだ。と爺さんは苦笑いした。
じゃあ、あちらさんが鍛冶屋の精神に反したことしてたらどうすんだって聞いたら、
「私が、ラウリスタを継ぐ」って、サラッとすげえコト言いやがった。
「正直なところ、同胞は全て死に絶えて、もう私だけしかいないと思っていた。どちらかといえばうれしいことだらけさ。それに……」
爺さんは立ち上がり、大きく背伸びをした。
やべえな、もうちょっとで角が天井を突き破りそうだ。
「ラッシュ、お前には大きな借りもある……マルデで死んだと思っていたこの私の魂を、ディナレと共に繋いでくれた恩義がな」
「よせやい、俺のした事じゃねえし」
「ラウリスタになるか、この私になるかは全く分からぬが……お前のためならば、この命を槌と火に換えても、最高の武器を創り上げてみせるぞ」
ありがとな、爺さん。
けど俺はあんたが生きているだけで心強いんだ。
決して……命を投げ出すマネだけはしないでもらいたい。それだけさ。