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雨上がりの殺人【解決編】

「わたしが犯人ですって?」

 大豪寺家のリビングで、古川真由美はテーブルを叩きながらヒステリックに叫んだ。大豪寺幸恵と清水直子の視線が真由美に注がれる。

「正確に言えば、現在の恋人である大豪寺隆道さんとの共犯であると、我々は見ています。それにあなたの供述には嘘があったことも確認済みです」

 西村警部が冷静に答えると、真由美の顔は見る見るうちに青ざめていく。

「俺たちが共犯? いい加減なことを言わないで欲しいな」

 次に隆道が声を荒らげる。

「あなた方が隆造氏に多額の保険金を掛けていることは調べがついてるんですよ」

 水田巡査部長が契約書類のコピーを二人に提示した。

「だからって、俺たちが兄貴を殺した証拠にはならないだろう。そもそも俺たちには殺せなかった。離れは密室だったんだろう?」

 隆道がまくし立てる。

「残念ながら、密室の謎は解けました。あなた方二人が共謀すれば、犯行は可能です。逆に言えば、あなた方以外には無理なんですよ」

 西村は真由美と隆道を追い詰めるように身を乗り出した。

「これから順を追って説明いたします。矛盾点などありましたら、都度ご指摘ください」

「き、聞かせてもらおうじゃないか」

 隆道は冷静さを装う。

「まずは事件当夜について判明している事実についてお話しします。この日、この地域は午前中からほぼ一日中、強い雨が降っていましたが、午後十時ごろにやみました。気象庁に確認しています。さて、この日の夜、大豪寺家の離れではどのようなことが起きたのか?」

 西村が一同を見まわす。誰もが彼の一挙手一投足を見逃すまいと、注目した。

「被害者の隆造氏は外出していました。足跡の様子から、離れに入ったのは雨がやんだ午後十時以降と考えられます。離れの部屋には、古川真由美さんがいました。午後九時ごろに屋敷の離れに行ったけどすぐに帰ったとおっしゃいましたが、実際には帰らずに部屋に入り、隆造氏の帰りを待っていた」

「ちょっと待ってよ」

 真由美が割り込む。

「部屋の鍵はどうしたわけ? わたしは合鍵なんかもらってないわよ」

「鍵は掛かっていなかったのではないですか? あなたとの逢引きの時、離れに鍵は掛けていなかったそうですね」

「そ、それは……」

「続けます」

 言い淀む真由美を意に介さず、警部は続けた。

「室内で待っていたあなたは、隆造氏が帰ってくると、隙を見てナイフで彼を殺害、凶器の指紋を拭って離れを出て自宅へ向かいます。午後十一時過ぎのことです。慌てていたのでしょう、部屋の明かりは点けっぱなしで帰った」

「なるほど、幸恵夫人が真夜中に窓の外を見た時、離れの明かりは点いていた……あれ?」

 水田が補足すると同時に疑問を投げかける。

「でも待ってください。それだと離れから屋敷の門まで、やはり真由美さんの足跡が残るはずじゃないですか?」

「そうですね。雨は上がった後だから、朝まで足跡が残ると思いますわ」

 幸恵も同様の疑問を口にする。

「そう。ではなぜ実行犯の真由美さんの足跡は消えたのか。ここで共犯者である隆道氏が関わってきます」

 全員の目が向けられると、隆道の顔に焦りの表情が浮かんだ。

「第一発見者の隆道氏は、朝の行動についてこう供述しています。『近所をしばらく散歩してから離れに向かった』と」

 西村は手にした捜査資料を読み上げた。

「つまり、一度屋敷の外へ出てから離れに向かったわけです。()()()()()()()()()()()()

「あ、ということは……」

 水田が呟く。

「どうやら君にも分かったようだね。そう、隆道氏はあの朝、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()離れに行ったんだ。そして隆造氏の遺体を発見したと、母屋へ引き返す」

「そうか。だから離れの前には被害者と、第一発見者の往復の足跡しか残っていなかったのか」

 水田は感心したように相槌を打つ。

「それに、鑑識課員の言っていた、隆道氏の足跡が行きと帰りで歩幅が違っていたことにも説明がつきますね」

「は、反論させてもらうよ」

 隆道が絞り出すような声で口を挟んだ。

「兄貴の死体を見た直後だ。大急ぎで義姉に知らせようと思って走ったから、帰りは大股になった。歩幅が変わって当然じゃないか」

「残念ですがそれでは反論になりません。なぜなら、あなたの往復の足跡ですが、鑑識の鑑定によれば、帰りの歩幅が広いのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んですよ。小柄な真由美さんの歩幅の狭い足跡を踏み消しながら歩いたことを物語っています。いくら地面がぬかるんでいたとは言え、雨上がりからかなり時間が経っていました。男性のあなたにとっては、慎重に歩かないと滑ってしまうほどではなかったと思いますが? 逆に、雨上がりの直後だった真由美さんにとっては、相当歩きづらかったでしょうね。()()()()()()()()()()()()()だとなおさらにね」

 西村が言いながら視線を向けると、真由美は堪らずに目を伏せる。

 隆道も言葉を失っていた。

「もう一点。離れの扉についてですが、犯行後の真由美さんが出る時は当然、施錠が出来ませんでした。鍵を持って出てしまうことになりますからね。つまり真由美さんの犯行の後、早朝あなたが離れに入るまで、扉に鍵は掛かっていなかった。そもそも密室でもなんでもなかったんです。密室であったかのように偽装するため、あなたは室内の鍵を使って一度施錠した後、扉に体当たりをして錠を壊したのではないですか?」

 いつしか隆道と真由美は、互いをかばい合うかのように身を寄せ合っていた。

「しょ、証拠は、物的証拠はあるのか? 辻褄は合ってるのかもしれないが、今の話は全部刑事さんの憶測だろう?」

 隆道は最後の足掻きを見せる。

「ぬかるみの足跡というのはですね、小さな物の上から大きな靴で踏んだとしても、完全には消えないものなんですよ。よほど念入りに踏み(なら)さない限りはね。ただ、そうすると今度は後から付けたあなたの足跡が崩れてしまい、意味を成さなくなる。本末転倒ですよね? あの朝、離れの玄関前には、遺体の第一発見者である()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わけですから」

 隆道が諦めの表情を見せたところで、西村警部は続けざまに容赦のない(とど)めの言葉を投げかけた。

「先ほど鑑識に現場の再調査を命じたところ、あなたが離れに向かう足跡の下に、()()()()()()()がわずかに残っていたそうです。なんでしたら真由美さんにご協力いただき、靴と足跡の照合を行いますか?」

〈了〉

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