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彼女を置き去りにした

その山では、男女が二人だけで登山して、女性が足を痛めて動けなくなり、男性が、助けを呼ぶため、彼女をその場に残して、一人だけ下山した。そして、なんとか下山した男性は警察に通報して助けを連れて彼女の元に急いで戻ったが、待っている間に陽が沈んでしまって心細くなったのか、彼女は助けを待っていた場所からいなくなっていて、もちろん、翌朝、明るくなってから人員を増員して彼女の捜索を行ったのだが、怪我をして動けなかったはずなのに、彼女の姿は見つからず、男性だけが生き残るという後味の悪い遭難事故があったそうだ。その後、その山で男女で登山すると、その行方不明になった女性が呪うのか、その山で男女のうち男性だけが、大怪我をするとか、迷って遭難するといういわくが生まれた。
確かに遭難事故の起こる山だったが、男女で男性だけが呪われるというのは、眉唾物だと思った。山道は整備されて、初心者でも登りやすいと有名だから、登山者が増えたのに比例して、そういう噂が生まれたのだろうと思う。
怖いもの見たさというか、そういういわくがあるのなら、逆に登ってみたくなるのが人間である。俺たちもそういう好奇心に動かされて、特に登山が趣味でもないのに、登山靴などちゃんと用意して、彼女とその山に挑戦した。
まだふたりとも二十代だったから、体力的に問題はなかった。だが、俺は一人ではしゃいでいたのか、彼女が遅れがちなのに気付かなかった。
すると、こっちの歩調を無視する俺に苛立つように彼女は言った。
「ちょっと、速いわよ。お願いだから、もう少しゆっくり歩いてよ」
「ん、ああ。もう少し先で、休憩しよう、もう少しだけがんばれ」
俺たちは日帰り登山を考えていたから、正直、少しでも早く頂上に到達した方がいいと思って俺は歩調を緩めたくなかった。だが、日帰りの予定を優先する俺の行動に彼女は切れた。
「なによ、ひどいわね、こっちはもう限界なんだから」
彼女は、怒って俺の腕をぎゅっと引っ張った。
急に後に引っ張られたので、さすがにカッとなった俺は、バッと後ろを振り返った。
「おい、こんな山道を歩いているときに、急に引っ張るなよ。危ない・・・」
俺は、途中で、言葉を飲み込んだ。俺の腕を引っ張ったのは、見知らぬ女だった。俺の後ろにいたはずの彼女は、ずんずんと先に行く俺においてかれて、俺を見失い、一人で下山して、警察にも俺に置いていかれてはぐれたと通報したが、その後、捜索隊が出たらしいが、見知らぬ女につかまった俺は、その山を下りられなかった。

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