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クロックワーク・メイド

 小高い丘の上に建つそのお屋敷は、まるで欧州(ヨーロッパ)の古城のようでした。長い年月、風雪に耐えてきた白い石造りの壁は、そのほとんどが(つた)で覆われています。それでも瀟酒(しょうしゃ)な佇まいは、絵画や絵葉書などで目にする有名なお城と比べても、何ら遜色はございません。

 芝生の緑が眩しいその庭園には、たくさんの家具や調度品が運び出されています。どうやら引越しの最中のようです。

 お屋敷の主人(あるじ)でしょうか、ひとりの年老いた男性が、大勢の使用人を指揮しています。彼の指示どおり、大荷物を抱えた使用人たちは額に汗しながら、お屋敷と庭園の間を(せわ)しく行き来しています。

 そんな様子を、少女はお屋敷の二階の窓から見下ろします。給仕服を身にまとった彼女も、もちろん使用人のひとりです。ですが、彼女は階下の作業には加わりません。と言うのも、主人から「おまえはこの部屋にいるように」と命じられているからなのです。

 ――ご主人様のお役に立ちたい。

 少女は思います。ですが主人の命令は絶対です。彼女はこの部屋で待機するほかありませんでした。

 彼女がこのお屋敷に仕えて、どれほどの年月が経ったでしょう。主人がまだ子供だったころ? いいえ、そのさらにもっと昔から、彼女はお屋敷を守ってきました。

 ――そうか。

 窓から庭園を眺めていた少女の脳裏に、ある考えが浮かびます。

 ――私はこれまで、ずっと長くこのお屋敷に仕えてきたのだ。どの使用人よりも長く。きっとご主人様は、このような物を運び出すだけの些細な仕事は私には不似合いであると判断して私を外したのだ。そう、私はほかの使用人たちとは違うのだ。

 程なく、庭園での作業が終了しました。数台の大きな車がやってきて、荷物を全て運び去って行きました。

 太陽は大きく傾き、はるか彼方の山の稜線に隠れようとしています。少女のいる部屋も、徐々に暗くなっていきました。

 ――そろそろ明かりを点けなければ

 彼女は部屋の出入り口へ向かおうとします。ところがどうしたことでしょう、脚が動きません。

 ――アレ……?

 それどころか、頭も朦朧とします。意識がだんだんと遠のいていきます。

 ――ゴ、主人、サ、マ……。

 やがて、長年お屋敷に仕えてきた機械仕掛けの侍女は、その寿命をまっとうし、全ての機能を停止しました。


 あれからどれほどの年月が流れたでしょう。

 あのお屋敷では、何もない部屋の中で昔と変わらない姿の少女が、静けさの中で今もなお、主人が迎えに来るのを待っているのでした。

〈了〉

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