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上には上が

「ちょっとなに? このアタシが行列に並ばされるとか、チョーあり得ないんですけど!」

 ここ最近スイーツがSNSで話題になり、大人気になったとあるカフェの店先で、仁美(ひとみ)は大声で不満を口にした。

 家が裕福で、幼少期からワガママ放題に育ってきた彼女の、高飛車で自己中心的な態度には、周囲の友人たちもほとほと手を焼いていた。

(自分からこの店に行きたいって言い出したんでしょうに……)

 同行した佳奈(かな)は、心の中でそう思っていたが口に出せずにいた。こんな時の仁美に口を挟もうものなら、逆ギレして手が付けられなくなることが分かり切っているからである。

 不平不満の尽きない仁美をなんとかなだめ、ニ人が店内の席に着いたのは十数分後のことだった。

 オーダーを取りに来たウェイトレスに、メニューに掲載されたスイーツを片っ端から注文する仁美。

(ニ人ではそんなに食べ切れないだろう……)

 そう思ったウェイトレスは優しく注意を促すが、

「なんなの! お金は払うんだから文句ないでしょ!?」

 と、仁美は店内中に届く声をウェイトレスにぶつけた。

 ほかの席の客の目が集まるが、仁美は一向に気にするそぶりを見せない。

 佳奈は恥ずかしさにうつむき、顔を上げることが出来ずにいた。

「も、申し訳ございません。かしこまりました。お持ち致しますので、少々お待ちください」

 気の弱そうなウェイトレスは涙目になりながら、オーダーを手にその場から逃げるように立ち去った。

「ふんっ! お客様は神様なのに、なに勘違いしてるんだか!」

(今どきの若者は……)

 居合わせた年配の客は、誰もがそう心の中で呟いた。


 すぐに注文のメニューが次から次へとニ人のテーブルに運ばれて来た。

「カワイイ、チョー映えそう!」

 と、それらをスマホのカメラで撮影し、SNSに載せる仁美。

「あ、あのさ。こういうのって、一応お店の人に許可取った方が良くない?」

 向かいの席から佳奈が声をかける。

「はあっ? ほかのみんなもここのメニューの写真載せてるじゃん。オッケーってことでしょ?」

(それでもマナーとして……)と言いかけた佳奈だが、聞く耳を持たないだろうと諦め、それ以上は口にしなかった。

 その後、案の定、注文したメニューはろくに口を付けられることなく、その大部分を残す形でニ人は店を後にした。

「勿体ないことをして本当にごめんなさい」

 罪悪感に(さいな)まれた佳奈は、会計時にこっそりと店員に謝罪した。

 外はだいぶ日が傾いていた。

 店の前の大きな交差点を、車のライトの灯りが行き交っていた。

「すごーい。『いいね』がたくさん付いてる」

 仁美はスマホの画面に夢中になりながら、青信号になった横断歩道を歩き出す。

「仁美!」佳奈が大声で呼びかける。「危ない! 車!」

「え?」

 仁美が反応する間もなく、彼女に向かって一台の車が突っ込んだ。明らかに信号無視の車である。

 一瞬の出来事だった。仁美は全身を強く打ち[註]、即死だった。


 車を運転していたのは元官僚の八十七歳の高齢者ドライバーだった。どう見ても運転操作のミスによる自身の過失だったが、事情聴取の際、彼は平然とした顔で、

「車の電子系統に異常があり、ブレーキが効かなかった。こんなことが二度と起こらないよう、自動車メーカーには是非とも万全の注意を払っていただきたいと思う」

 と、あたかも自分も被害者のひとりであるかのように振る舞い、事もあろうに無罪を主張しているのだという。

 なかなかどうして、今どきの老人も負けてはいないようだ。

〈了〉

[註]
ニュースなどでよく聞く「全身を強く打つ」は、死亡事故などで遺体がひどく損傷しているさまを示す婉曲的な表現であり、原形をとどめていないほど遺体が損傷している状態を意味する。「頭部を強く打って」「胸などを強く打って」などの場合は、局部から中身が出ているほど、大きく損傷している状態を表す。

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