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後日談

 アイドルプロデューサー・塔岡侑理の殺害事件から十日が経過した。

 捜査陣が摩耶の言うとおりに、小森未夢の戸籍を調査したところ、思わぬ事実が発覚する。

 彼女の両親は十年前に離婚し、以降、親権を持つ母親と暮らしてきた。小森姓は母方の苗字である。

 そして、両親が離婚する前の彼女の名前は『友木未夢』だった。現在、警察の取り調べを受けている彼女は、容疑を全て認めているとのことだ。

「わたしたち家族をめちゃくちゃにした、あの女がどうしても許せなかった」

 殺害動機について、彼女はただひと言、そう答えたという。

 また、裏付捜査を行った結果、事件の重要参考人として浮上した未夢の父親・友木明広は、すでに故人であることが分かった。未夢の供述によれば、今年の春先に死亡したとのことだった。

 俳優業を引退し、家族を失った後、自暴自棄になった友木は、酒とギャンブルに溺れる生活を送っていた。しばらくはマスコミも彼を追い続け、時おり『あの人は今』といったゴシップ記事の標的にしていた。だが、それも次第に世間から飽きられる。マスコミの目が離れると、やがて彼の名前は誰の記憶からも忘れ去られるようになった。

 友木が身元不明の死体として発見されたのは今年に入ってからだった。死因は自然死と判断された。長年の不摂生が祟り、彼の寿命を縮めたのだろう。

 身元確認のため、小森母娘は警察病院の遺体安置所を訪れた。友木にはほかに身寄りがなかったからである。

 遺体は痩せ細り、かつての人気俳優の面影は薄れ、全くの別人のようだったという。

 泣き崩れる母親と共に、変わり果てた姿の友木と再会した未夢。塔岡侑理への復讐を、彼女が決意したのはこの時だったそうだ。


「小森未夢が友木明広の娘だって、どうして(わか)ったんだい?」

 カフェ・コスモスの片隅の席で、島崎は不似合いなパフェに苦戦していた。

「勘なんです。確証はありませんでした」

 彼のテーブルの傍らには、胸元に木製のトレイを抱えた、黒髪ツインテールのメイドが寄り添うように立っている。

「……女の勘って奴か。(あなど)れないもんだな」

 そう言うと、島崎はスプーンいっぱいの、生クリームの塊を口に運ぶ。

「ただ、小森さんって何だか普通の人とは違う空気があったんです。オーラがあるっていうのかな」

「――俺はかなりの美人だな、くらいしか感じなかったな」

 摩耶は苦笑いを返す。

「それで、彼女ひょっとしたら有名芸能人の娘さんかもって想像したら、全て腑に落ちたんです」

 フロアの奥から、摩耶を呼ぶ芳岡マネージャーの声がする。

「はあい」

 摩耶がフロア奥に向かって返事をすると、

「あ、あともうひとつだけ聞かせてくれ」

 島崎は彼女を引き止める。

「何でしょう?」

「控え室前のロッカー。あれは何だったんだい? 結局、君の謎解きには出てこなかったけど」

「ああ、あれですか」

 摩耶はバツが悪そうに答える。

「建物内に侵入した後、小森さんはあそこに身を潜めていたんじゃないかって考えたんです。見当違いでしたけど」

「どうして見当違いだって言えるんだい?」

「だって、彼女は隠れる必要がなかったはずでしょ? 塔岡さんの致命傷は腹部、体の正面でした。背後から迫って不意打ちをしたわけではなかった」

「なるほど」

「それに――」

 摩耶は一瞬言葉を区切ると、

「多分、彼女はあのロッカー裏のスペースには入れなかったと思います」

 と言いながら、ため息をつく。

「え? 何故だい? 君でも入れたじゃないか。小森未夢は君以上にスリムで……ああ、いや失敬」

 島崎は思わず口にした失言を謝罪する。

「いえ……事実ですから。小森さん、確かにわたしよりスマートでしたけど、胸は……その、わたしより大きかったから……」

 落胆するように、摩耶は自分の胸元に視線を落とす。

「あ、ああ……」

 どう反応していいものか、考えあぐねる島崎。

「小森さんの胸が大きいの、気づきませんでした? 事情聴取のとき、彼女とはあんなに間近で向き合ってたのに」

 摩耶は首を傾げながら島崎の顔を覗き込む。

「いや、さすがに女性の胸元は凝視できないだろ。セクハラだのなんだのって騒がれちゃ堪んないからね」

 特大パフェとの格闘を終えた島崎は、口直しのアイスコーヒーを一口(すす)り、

「視界には入っていたかもしれないけど、意識してなかったから記憶には残ってないよ」

 と続ける。直後、島崎は自分の言葉にある引っ掛かりを覚えた。

「――意識してなかったから記憶には残ってない――これって」

 繰り返す島崎。

「そう、それがまさに今回の事件の、密室トリックの本質だったんです」

 摩耶は島崎の考えを言葉にする。

「あの夜、ライブハウスの周囲にいたアマテラスファンの中には、実際には薄暗い中、外階段を降りてくる犯行後の小森さんの姿を目にした人がいたのかもしれない。でも――」

「そうか、SNSの小森未夢の投稿に夢中になっていた彼らは全く意識していなかったから、彼女の姿が視界に入っていたとしても記憶には残らなかった。まさか本人がすぐ(そば)にいるなんて、夢にも思わなかっただろうからな」

 摩耶の言葉に続ける形で、島崎は自分に言い聞かせるように呟いた。

「まったく、摩耶くんの突拍子もない発想と洞察力には、いつも驚かされるよ」

 島崎はお手上げだと言わんばかりに両手を上げる。

 そして摩耶は島崎に笑顔を見せると、

「それではごゆっくり」

 そう言い残し、彼女はツインテールを揺らしながら、小走りで駆けていった。

〈了〉

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