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帰還

「いや、無理」
「と、とりあえず僕のいう通りに木を切り倒してそれを結びつければどうにかできるはずです。ラッシュとナウヴェルの二人がいればすぐにでもいけますよ!」
「無理だ」
うん。どうやってこの巨体ジジイはこの島まで来れたんだか。そこからして謎だ。
「ナウヴェルは曳航させます」
よく分からんが、これからイカダっていう丸太を並べて結んだ簡易的な船。そこにナウヴェルをつないで引っ張って行くんだとか。それがルースの提案。
「どっちみち、島へ行くトンネルは火山の影響で使えないから……ここから直に島民たちの避難している島へ渡っていくしかないんです!」
と、話した直後にまたドン! と空気と地面が大きく揺らいだ。
今度は俺も尻餅つくくらいだった。こりゃルースのいう通りにしなきゃヤバそうだな。
……………………
…………
……
つーことで、適当に切りそろえた丸太をガッチリ蔓で繋いで巨大な木のベッドが完成した。これがイカダって言うんだと。

でもって後ろにナウヴェル繋ぐじゃん?
俺たち必死になって漕ぐじゃん?
あの巨体はどーやっても沈むじゃん?
「そんなことはありません! ラッシュの漕ぐスピードが遅すぎるだけだ! 曳航する速度が一定を超えれば彼の重量なんかすぐに……」
ごちゃごちゃうるさいから一発殴って黙らせた。

「だから言っただろう。私のことは放っておいてもらえればいいのだ」
ナウヴェルがまたそんなことを言い始めた。だがあいつはいいにしても俺の面子が許さねーんだよな……
俺たちがつい半日までいた島を見ると、溶岩って真っ赤に溶けた岩がみるみるうちに島全体を覆い尽くしていた。
「当分はあそこには住めませんね……」夕日に照らされたルースの毛並みが赤く染まっている。
「なんでこんな事になっちまったんだろうな」なんかもう訳のわからない事づくめだ。偶然港町に立ち寄ったばかりに、もはや陰謀みたいな事件に巻き込まれて。
「でもよかったじゃないですか。結果的に島の人たちを救うことができたし。僕らは歴史の生き証人であるナウヴェルとこうやって知り合うことができたんだし」
そうだな。俺らがここに来なかったら島の連中はバクアの男たちに全員捕らえられて、ヘタしたら殺されるか売り飛ばされたりとか……ああ、考えただけで嫌な気持ちになっちまう。
まあ仕方ないか、とりあえずはここで当分暮らして……なんて考えていた時だった。

「こんなところにいたぁぁぁぁあ!!」
草むらから突然現れた影に、俺とルースがいきなり抱きつかれた。
え、敵!? じゃない……懐かしいこの匂いは……ジール?
「よかった……ルース、生きてて」
そしてルースにはマティエが。
二人とも俺たちを探しに来たのか!?

そして……
「え? え? もしかしてジールさんの言ってたラッシュってあなたのこと!?」

ナウヴェルにしきりに話しかける女がそこにいた。
つーかこいつ、エッザールそっくりなんだが。
⭐︎⭐︎⭐︎
ジールが持ってきた船にどうにかナウヴェルを乗せることができて(もう水面ギリギリだった)俺たち三人……いや、女性陣含めて、じゃない。例の理事長もいれたら七人。日が暮れかけたことにようやくみんなの避難している島へと行くことができた。
つーか、なんで理事長をわざわざ連れてきたんだ?
「決まってンじゃん。ここで島のみんなに頭下げさせるためよ」
理事長はというと、この前の怪しい目つきとは打って変わってすげえ意気消沈してる。
つまりは「そう、ウマいことハメられたってワケ」
なるほどな、俺たちを神様に担ぎあげて、んでもって無垢な島のみんなを騙して捕らえて……

なんか一日の間にいろいろあったな。火山が噴火して、ナウヴェルに会えて、んでもって仲間になって。
そうだ! それよかチビの方が!
「大丈夫だ、まだポカンと寝ぼけた感じが抜けてはいないがな」と、マティエ。
なんでもチビのやつ、港でずっと俺のいる島の方角を見続けていたんだと。でもってしばらくしたらドッカーン。ってわけ。
「お前の危機を予知していたのかもしれないな。なんであれ不思議な子供だ」
俺がこういうのもなんだが、このクソ真面目女、いい笑顔するようになったな……そう、今見せたのなんか特に。

「えっと、ラッシュさんですか?」そうそう忘れてた、なんかエッザール似の奴が紛れ込んでいるんだが。
そうだと答えると、やたらきゃっきゃと驚き始めた。
「ははハジメマシテ! あたしパチャカルーヤって名前なんだけど特別にパチャって呼んで大丈夫だから!」
いや大丈夫も何もお前のことをまず語れや。
「彼女、エッザールの妹よ。威勢もいいし剣の腕も立つ」
「ほう」
「でもってフィンの奥さんでもある」
「ほう」

……え、ジール今さらっとすごいこと言わなかったか?

「ああ、ちょっとワケがあってね。あいつとは一応結婚しちゃってるんだ。種族の変なしきたりにハメられちゃったっていうか……まあなんつーか、弟が一人できちゃったようなモンかな?」
悪ィ、こいつの言ってることが全然わかんねー。

「強いやつに惹かれる。つまりは惚れっぽい性格なんだ。面倒見てやれ」
マティエのやつもさらっとひどいこと言ってるし。
時々風向きを読みながら、だんだんと島が目前に迫ってきた。
タージアは、あの双子は大丈夫だろうか……なんてガラにもない不安が、ふと俺の胸をよぎっていった。

振り返ると、ナウヴェルが一人しんみりと、小さくなってゆく故郷の島を見続けていた。
そうか、この爺さん賑やかなのが苦手なんだな。けど……
俺はナウヴェルの隣に腰を下ろすと、一緒にあの島を眺めた。
「もっと俺たちに教えてくれねえか、爺さん」
「ディナレのことか」
小さな口でぽつり寂しくつぶやいた。つーか察しがいい。
「ああ。どんな人だったのかっていうの知りたいしな。俺に似ていたんだろ?」
「いや、お前とは全然似ていなかった」

……ぶっ殺すぞジジイ。
⭐︎⭐︎⭐︎
で、再開できた喜びはそこそこに、理事長をみんなの前に引きずり出したジールはといえば。
「あとはどーにでもすれば?」だと。けど殺すのだけは勘弁してくれとのこと。
そうだな、ここで理事長を袋叩きにして処刑するのが確かに手っ取り早い方法ではあるにしろ、それはまた新たな因縁を引き起こす可能性だってあるのだし。ヘタしたら今度はバクアの連中がまた殴り込みに来る。
けどそれはもはや俺たちの役目じゃない。どうにか穏便に話し合って、双方で決めてくれと。それが彼女の願いなんだ。
「お前らしくねーな」
「そっかな?」なんてあいつはあっけらかんと返すけど……後から聞いた話、あの理事長ってジールの昔のお仲間だったらしい。そう、サーカス団のな。
つまりは以前寝言で話してたあいつのことと関係あるのかな……まあ、そんな事は今の俺にはどーでもいいことか。
かく言う俺はというと、タージアにずっと泣きじゃくられたままだ。それと双子にも。
「絶対死んじゃったと思ってましたぁぁぁあ!」
「カミサマ死んでなかったぁぁぁあ!」
ああもう、俺の身体に鼻水と涙がべったりだ。
けどみんな、こんなにも心配してくれたんだな。ちょっとうれしい。

そしてとどめに「私からの提案なんですが、双子ちゃんを連れて行くのはどうかなと思いまして」
「お前に懐いてるからか?」
「それもあります。人に近寄られるのがすごくダメな私がここまで……それに、この子たち、病気で両親を亡くして、以来長老の家に預けられたそうなんです」
まあ、よくある話かもな。ならばお前が話をつければ済むこと。
「……そういうの苦手なんで、ラッシュ様が直談判してもらえないかなって」

や っ ぱ り そ う か!!

双子に話を聞いても同様。俺とは離れたくないらしい。
フィンはともかくとして、チビのいい遊び相手になれるかな、なんて。

チラッと理事長のいるほうをのぞいてみたら、長老たちの前であいつはひたすらに頭を下げていた。
ヤバいかな、と俺も気を張って見ていたんだが、どうも勝手が違うみたいだ。

ーお前には礼を言わなければならない。
ーど、どうしてですか長老……!?
ーお前が私たちを連れ出さなければ、みんな溶けた岩に埋もれていたかもしれないからな。確かにお前のやった事は、白神様とバシャニー神の名において罰せられなければならぬ。だがこれも何かの縁と故あっての奇跡たる巡り合わせ。お前ならこれが分かるであろうな?
ーち、長老……

なんとか上手く収まったみてえだ。理事長もこれを機に島民といい感じに共存してくれればいいけどな……

そして、俺は双子のことを村のみんなに話した。
……ああ、いつかきれいに育った姿を見せてくれ。って条件付きで、俺の娘として預かる事になったわけで。

……って、娘!?

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