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ラッシュvsナウヴェル

「なあ、あんたも俺のギルドに来ねえか? 今ンとこそれほど仕事って言えるものはないけど、力仕事の時はあんたみたいなでっけえのがいたら百人力だ。それにメシだって……」
「いや、私はもう歳をとってしまった。動く気はない」
「え……」ちょっと待て、今さっき俺の鎧になるっていったじゃねーか。それがなぜ唐突に断るんだよ……
年齢なんて関係ねえ! 俺とルースを助けてくれたのはいったいなんだったんだ!? まだまだ足腰しっかりしてるじゃねえか!
「確かにな。お前たちの命は救ったさ。だがもうこれで私の鎧としての役目は終わったものだと思いたい」
「そうだよラッシュ。ナウヴェルはもうここで余生を送りたいんだ。だから……」
「あと何百年もここでだらだら一人で生きていろってか? 俺がナウヴェルだったらそんな腐ったジャガイモみてえな生き方はしたくねえな」

そうだとも。俺たちは他の人間とは違う。いつだったか親方が話してくれたっけか。獣人っていうのは俺ら人間よりか遥かに長生きするんだって。下手すりゃ十倍近くも。そう、俺は以前こいつに会った。そして二人で死んで生き返って、そしてまたここで出会えたんだ。運命だろそれって。これも何かの縁だ、だったらもう俺のところに来てくれた方が手っ取り早いんだ。戦争の生き字引きとして、そして……あんたがディナレに言われた鎧として!

「人嫌いでも結構だ。俺が一人でも大丈夫な部屋くらいどうにかしてやる。人生の……いや、世界の先輩としてあんたが必要なんだ!」

ナウヴェルはゆっくりと立ち上がり、部屋の奥に転がっていた鎖の束をおもむろに両腕に巻き付けた。
「ならば、条件がある」そうポツリとつぶやき、俺に赤さびの浮いた長柄の斧を投げ渡した。
「この場で私と戦え。お前が本当に……」
「ディナレの子供にふさわしいかどうか、決める……ってことだろ?」
察しがいいな、と爺さんの口の端がニヤリと微笑んだ。
幸いにもここは巨体のナウヴェルが生活するために使っていた場所だ、めちゃくちゃ広い。存分に暴れることができそうだ。

「っていうかさ……変に思わない? ラッシュ」ルースがそそくさと駆け寄ってきた。相手に聞かれたくない話か?
「なにもしないで余生を送っているにしては、あまりにも部屋が広すぎると思うんだ」
なるほど、この部屋は明らかに大きすぎる。俺がいつも身体を鍛えている裏庭のざっと五倍近くはあるだろう。それに屋根も高い。爺さんがジャンプしたって頭をぶつけないくらいの高さかも知れねえ。
つまりは……!
「甘く見ない方がいい」
そうこなくっちゃ! 俺の心に火が付いた。さっきまでバクアの男どもを殺さずにボコボコにして欲求不満が溜まってたからな。やっぱこういう戦いじゃないと!

……んで、どうすりゃ勝ちなんだ?
ナウヴェルは自分の鼻先に伸びている大きな角をこんこんと叩いて示した。
「この角を折れ。そうすればお前の勝ちだ」

了解した。
で、負け条件はなんだ? あんまり聞きたくはないんだけど。
ナウヴェルは例の鎖の付いた大鉄球を両腕にくくりつけた。あんなヤバい武器、当たれば全身の骨が粉々に砕け散りそうだ。

「お前が死んだらそこで終わりだ」

おうよ、最高の条件じゃねえか!
⭐︎⭐︎⭐︎
開始の合図もなく俺たちの闘いははじまった。
大上段から振り下ろされたナウヴェルの鉄球が、ゴン! と凄まじい轟音と共に俺のすぐ脇の地面にめり込み……じゃない、突き刺さった。
「まずはこいつの自己紹介からだ」
冗談じゃねえ。この部屋端から端までそこそこの距離があるっていうのに、そこまで飛ぶんかい!

生まれて初めてみる、戦車の異名をとるサイ族の戦士ナウヴェルの一撃。想像以上のものだ。
マトモに食らったら骨が砕け散るとかなんてもんじゃない。全身が四散してしまうぞこれ!
しかも相手は本気だ。すなわち俺を殺す気満々。
……そうだ、こうでなくっちゃ。
思わず舌なめずりしてしまった。このべらぼうな強さを誇る歴戦の勇姿に、俺も応えなきゃな。
まずは距離を詰めようと足の爪を床に引っ掛ける。
……? そういえば、これ床でもないことに気がついた。
ガチガチに硬くなるまで踏み固められた砂だ。そう、砂浜のアレだ。
ということは、つまり……!

腕にくくりつけられた鎖を一気に引き寄せ、老兵のさらなる一撃が奴の頭上でぐるぐると振り回された。
ぼーっとしている暇はねえ。殺意は一瞬で俺のもとへとやってくる。次は避けないと……と思った瞬間。
ドゴッ! と予備動作なくもう一撃が飛んできた。ついさっきまで俺がいた場所は大きく地面がめり込んでいる。
いいね。ならば俺からもご挨拶を!
可能な限り姿勢を低くして一気にナウヴェルに肉薄し、その丸太のように太い脛に一撃を加える。
懐に入ってしまえばこっちのもんだ。相手の武器は飛び道具みたいなものだし。

……と、考えるのはバカのやることなんだよな。今までの俺ならきっとそれをやった挙げ句に相手に蹴り殺されることだったろう。
脛に一撃を加える直前で気付いた。そうだ、こいつの身体って持って生まれた硬い皮膚。つまりは全身鎧に包まれているんだった。
俺だって身体はそれなりにデカいが、このおっさんの方はもっと巨大だ。それに硬いし、思っていた以上に素早い。

「うん。考えるだけの頭は持っているようだな」
ぽつりとナウヴェルは言った。それなりに読まれているようだな。あいつもダテに数百年生きているわけじゃないってことだ。
ならば……と、ナウヴェルの横に回り込んだ俺は、そのまま背後から膝後ろ。つまり関節部分に渾身の斧の一撃を叩き込んだ。
大丈夫だ、刃は落としてある。これくらいなら……と思ったが、やっぱり皮膚硬ええええええ!!!
「それも想定済みだ」
そう言うとナウヴェルは、一瞬俺が呆然としたスキを狙って尻尾をひょいと掴んだ。

ちょ、やめろ、尻尾持つのやめええええ!
奴は俺の身体を、まるで地面に生えている雑草でも引っこ抜くかのように、そのままポイッと遠くへ投げつけた。

「分かったか、ディナレの遺児」
「あァ? 全ッ然わかんねー!」
砂でじゃりじゃりになった唾をペッと吐き出して、さて振り出し。
さてさて、どう攻めていこうか……!

口の中から耳の中まで砂でじゃりじゃりだ。
濡れた鼻にびっしりとくっついた砂を拭って、でっかいくしゃみ一発。
……よし。尻尾も大丈夫だし。まずは一旦落ち着け、俺。

さてと、ナウヴェルは死角が無い……というか、全身鎧みたいなものだ。おまけに関節の隙間も狙いづらいし。
どうする? 注意を逸らしてスキを狙うか?
よくよく考えたら、俺は集団戦には強いけど、一対一の戦いは苦手なのかなとうっすら思えてきたし。

こういう時、親方はなんて言うだろうな……まあいつもと同じように「てめえの頭で考えろ」ってゲンコツ飛んできそうだし。
そうだ、こんな岩の塊みたいなやつでも、絶対に弱点はある!
………………
…………
……

あ!!!

っと、そう考えを巡らせているうちに、ナウヴェルの第三波が飛んできた。
チャンスはいくらでもある。だけど思いついた策でさっさと仕掛けるっきゃねえ! 見切れ!

すると、すぐさま俺の肩先を鉄球がかすめた。
この鉄球は鎖であいつの腕に結びつけられている。つまりは!
奴が鉄球を手元に引き寄せる準備の刹那、俺はピンと張った鎖の上を駆けた。
綱渡りなんて生まれて一度もしたことなんてない。とりあえず無理やり足の指で鎖をつかんで、落ちないようにとにかく走る、走る!

ああ分かってる。今までの俺ならそこで奴の顔に飛びかかって、その鋭い角に刃を振りおろすしかしないだろうってな。
「なるほどな」
甘かった。ナウヴェルのやつ、腕から鎖を解きやがった……
鎖ごと床に落ちた俺に向かって、間髪入れずに戦車はどすどすと突進をかけてきた。
踏み潰す気か!? やべえ!
瞬間、脇腹に刺されるような痛みと、フワッと空中に持ち上げられる感覚。
「ラッシュ!」なんか意識の遠くでルースの悲痛な声が聞こえる。ああ、アレか。やつの角で突き上げられたか。
砂の中に頭から落ちた。
意識しろ、
出血はしてないか? 大丈夫
骨は折れてないか? 大丈夫
手足は動かせられるか? 思いっきり地面に叩きつけられちまったけど、大丈夫……だ。

「鉄球だけが武器ではない。分かるだろう?」
そうだナウヴェル。こいつは手も足もあるんだ。地面に生えた野菜とは違うんだ。
くそっ……いったいどうすればいいんだ!

「ラッシュ、気がついた?」目を開けると、ルースが心配そうな顔で俺を介抱していた。
「あんまり、大丈夫……じゃないな」
「なら大丈夫だね」ぷっとあいつは吹き出していた。分かってるじゃねーか。
「よく聞いてラッシュ。あいつは……いや、サイ族は目があまり良くないんだ。代わりにそれ以外の感覚は僕ら以上に秀でてる」
目が悪い? つまりどうやって鉄球を投げてきたんだ?
「耳がとってもいいんだ。それとあのでっかい脚。ラッシュの歩く感覚を音と地面に伝わるわずかな振動で読み取ってる」
「するってーと、その二つを封じれば奴は……」
「ああ、鼻もあまり良くないだろうしね。なんとかしてその二つを感じさせなくさせれば!」

要は足音とか一切なくせばいいのか……って、空飛ぶしかねーし!
「飛ばなくても、ここは屋根付きコロシアムだから……ね」ルースは俺に軽くウインクして、すぐそばの壁に手をやった。
「鎖で綱渡りやれたんだ、ラッシュならイケるよね」

……無茶ゆーな。
⭐︎⭐︎⭐︎

ルースに言われるがまま、俺はこの岩を削り出された大部屋の……いや闘技場の壁伝いにどうにか天井まで、僅かな凹凸に手足の爪を食い込ませて登っていった。
もちろん岩なんて登ったことはない。おまけに高いところは苦手だ。なんていうかこの、足の下に何もなくってふわふわするのなんか特に。けど今はそんな弱気になっている場合じゃない。
天井ではもちろん天地が逆転する。足音なんかしない? バカ言うんじゃねえ。ポロポロと落ちる岩のかけらが、おそらくやつの耳にも聞こえているはずだ。
これは一か八かの作戦。もちろん失敗したら俺の命はもちろん、ルースも危険。いや、ナウヴェルもかな。
「無駄だ」
まるで壁に止まったハエを叩き潰すかのように、あいつの鉄球が俺に向かって飛んできた。
ギリギリ当たる寸前に飛び降りて……!
天井にめり込む鉄球。と同時に屋根にも大きな亀裂が生じ、至るところから破片が降り注いできた。

ーこの大部屋はおそらく砂岩。つまり砂が年月をかけて硬くなったものだ。けど硬いとは言っても衝撃を与えれば砕けやすいのも特徴。それを利用してあいつの感覚を惑わせるんだ。

ルースは俺にそう話してくれた。そうだ……この大部屋、いや闘技場ごとブッ壊すほどでないと、あいつに勝つ算段はない!
ゴゴゴと音を立てて、天井が少しづつ崩れていった。まだだ、まだ……
鼻に手をかぶせて、可能な限り息を殺す。心臓の鼓動も落とす。気配を消せ、あいつに見つかるんじゃない!
身体中砂まみれになった俺は地面に伏せたまま。じっと、目だけ動かしてナウヴェルのスキを狙った。
案の定、天井の崩れる音とパラパラと地面に砂岩が落ちる音で、あいつは俺がどこにいるかを見失っている。
それに俺はもう身体が真っ白になるほど砂をかぶっている。きっと匂いも消えているだろう。

ずしん、ずしんと俺のもとへと近づいてくる。いいぞ、もう少しだ……!
手をひと伸ばしする距離まで接近したその時、俺は手に握りしめていた砂をナウヴェルの顔面へと思いっきり投げつけた。
相手をひるませるためじゃない。注意をもう一度逸らさせるためだ!
ぐらり、とその巨体がバランスを崩したのを狙って、俺はナウヴェルの足元から身体へと全力で駆け上り、そのままあいつの肩を踏み台にして大きくジャンプ!

「うぉぉぉぉぉおおおおおおおっ!」あいつの鼻先から伸びている大きく鋭い角めがけて、斧を……
斧を……
振り下ろし、じゃねえええええええええ!!!

俺の視界に入っていたのはナウヴェルだけじゃなかった。奥で固唾を飲んで見守っているルースもいた。
そして、あいつの真上の岩も、大きく崩れる寸前だということも。
俺はぺたんとナウヴェルの頭の上で着地してしまった。
角? そんなモン後回しだ!
「ルース! 早く逃げろ!」
「……え?」あいつのそんな素っ頓狂な声が聞こえた。気づいてない、ヤバい!

「心得た」
瞬間、ナウヴェルは猛ダッシュでルースのもとへと走り……
直後、
ズン! と軽そうで重そうな衝撃が、俺たちの身体に襲いかかった。
⭐︎⭐︎⭐︎
間一髪だった。
ルースの危険を察したナウヴェルが文字通り「盾」となってくれたことで、屋根の崩落から救うことができたんだ。
「だ、大丈夫ナウヴェル!?」
「心配ない。だがお前ならぺしゃんこになっていただろうな」
やっぱりナウヴェルの身体は鋼鉄そのものだとしか言いようがない。砂が固まってできた岩とはいえ……あいつ無傷だったし。

「どうするオッさん、仕切り直すか?」
「いや、その必要はない」
相変わらず淡々としたしゃべりだ。しかし戦う必要がないとは……? まだあんたの角折ってねーし。

「どのみち、私は負けていた……分かるだろう?」
なるほど、さっきの身を隠した戦法。あの時か。
「だがお前は勝利することより、仲間の命を救おうとした。その優しさに私は敗北したのだ」
「あ、いや……それはついルースの方が目に入っちまったから……」
ふと、ナウヴェルの大きな指先が、俺の頭をちょっと強めに撫で付けた、正直痛いんだけどな。
「謙遜せんでもよい。それこそがディナレ様より受け継がれた刹那の優しさなのだ」
刹那の優しさ……なんだそりゃ?
「道端に咲く一輪の花でも踏まぬ優しさよ……例えそれがいかなる戦時の局面においても、だ」
ルースはクスッと微笑んで納得していたみたいだが、俺にはその言葉の意味するものがさっぱり分からなかった。つーか花なんかこの前薬草園で豪快に踏んづけちまったし。

「心は決めた。ラッシュ……いや、ディナレの心を受け継ぐ子よ。私はこの命が尽きるまで鎧としてお前についてゆこうぞ」
え、小難しいこと言ってるけど、つまりは……
と思ってた矢先、俺の背後の天井まで轟音を立てて崩れ落ちてきた。いい加減こっから逃げねーとヤバいんじゃ!?
「ふむ、少々やりすぎてしまったかの。早くここから出なければな」
何呑気なこと言ってるんだジジイ!

ってなわけで、そそくさと荷物をまとめて俺たちはここから脱出した。ルースが話してくれたんだが、俺たちがいたこの大部屋自体も火山による地震の影響で、どのみち長くはもたなかっただろうって。

長いトンネルを抜けて、久しぶりの外の空気……を吸い込みたかったのだが、ここもやはり噴火の影響を受けていたのか、汗ばむほどの熱さが身体を襲った。

先に逃げたタージア、それに双子や島のみんなは大丈夫だろうか。それに港に残していったジールやチビも。

しかし、本当の問題はここからだった。
「ところでナウヴェル、ここからみんなのいる島へはどうやって行くんだい?」
「泳いでほんの少しだ」と、あいつは砂浜から先を指差したのだが……島なんか全く見えない。つーか真っ直ぐな水平線だけだ。
「ナウヴェルは泳げるの?」
ジジイはルースの問いかけに一言「いや」と首を左右に振るだけだった。
ヤバい。つーかこの巨体で泳げるのなら奇跡に等しいし。
「じ、実は僕も泳げないんだよね……ラッシュは?」
ルース泳げないのか、つまり相当にヤバい。
「俺も……泳いだことなんてねーぞ」

これって、超ヤバいんじゃ……?

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