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14話 名探偵、現る

「ラモン公爵が怪しいと思う」



 唐突にそう語り出したのは、メンブラード王国の国王だ。

 ここは騎士団長の執務室で、アルフォンソは捜査内容を打ち合わせるために、いつも早朝から訪れている。

 そこへ連絡もなしにいきなりやって来て、国王が自分の推理を披露し始めたのだ。



「父上、それは何か理由があっての考えですか?」



 捜査の指揮を任されているアルフォンソは、資料を手繰り寄せながら尋ねる。

 今、一番注力しているのは、眠りの香の入手先を探ることだ。

 もしかして、それにまつわる極秘情報でも聞きつけたのかもしれない。

 そう期待して瞳を輝かせたアルフォンソを、国王は容赦なく切り捨てる。



「勘だ」

「……こちらは暇じゃないんです。母上に構ってもらえなかったんですか?」



 呆れたアルフォンソが、ガッカリと肩を落とす。

 ウルバーノの威嚇に魂消て以来、すっかり物音に敏感になってしまった愛猫を宥めるのに、アルフォンソの母は忙しいらしい。

 必然、それまで構ってもらっていた国王は暇になる。

 さては時間を持て余して、事件に首を突っ込んできたのか。

 だが、白い目のアルフォンソなど、国王は気にもしない。

 

「狙われたのはオルコット王国のヘザーと、ガティ皇国のマノンだ。アルフォンソは、他国の姫たちを誘拐して、国家間の情勢を不安定にしたい輩の仕業ではないか、と睨んだ。そうだな?」

「その通りです。これが身代金目当てならば、国内の公爵令嬢であるカサンドラやコルネリアを攫った方が、交渉事は捗りますから」

「もっと根の浅い事件かもしれないぞ」

「王家の所有する離宮ひとつを、丸ごと眠らせたんですよ? こんな大掛かりな企てをしておいて、小規模な事件なんてこと、ありますか?」

「犯人にとっては一大事なのだよ。だから決行したんだ」

「それで、どうラモン公爵に行きつくのですか?」



 アルフォンソはいつのまにか、国王の巧みな話術に惹きつけられていた。

 そばに控えていた騎士団長も、これがカリスマ性か、と感心している。



「事件が起きた日にちがヒントだ。犯人にとって、どうしてもその日でなくてはいけなかった」

「ヘザーたちがお泊り会をすると決めた日ですよね」

「そうではない。おそらく犯人はお泊り会のことなど、知らなかっただろうよ。もし知っていれば……最初から二手に分かれたりしない」

「確かに。誘拐犯はそれぞれ、ヘザーとマノンの部屋に侵入しました」

「その日、なぜ彼女たちはお泊り会をしようとしたのか?」

「翌日、ヘザーが婚約者に決定したことが大々的に公示され、選定の儀が終了するからです。そうなれば離宮に集められていた候補者たちは解散します。離れ離れになる前に、集まろうという話でした」



 そこで国王はビシッとひとさし指を立てる。

 

「そこだよ、アルフォンソ! 犯人が何としても防ぎたかったのが、それだ」

「選定の儀の終了ですか?」

「もう少し前だ。ヘザーに、婚約者になって欲しくなかったんだ」



 アルフォンソのこめかみに、青筋が浮かぶ。

 直情すぎるアルフォンソに、今度は国王が呆れ顔をして見せる。



「そう怒らないでくれ。あくまでもこれは、犯人の言い分だ」

「だからヘザーを攫おうとしたのですか?」

「マノンも同時に攫われた。だから犯人はラモン公爵なんだ」

「……単純な引き算ですね」



 選定の儀で最終選考に残ったのは三人だ。

 そこからヘザーとマノンを取り除けば、カサンドラだけになる。

 娘を王太子妃にしたいラモン公爵の執念が、この事件を引き起こしたのか。



「ラモン公爵の周辺を探ることをお勧めするね。それが事件解決への近道だろうよ」



 パチンと魅力的なウインクを残して、国王は執務室を出て行った。

 勘だと言っていたが、理にかなっている。

 無視できない意見だと判断したアルフォンソは、すぐに騎士団長と捜査の見直しを図った。

 そして数週間に及ぶ追及の結果、やっと証拠が見つかったのだった。



 ◇◆◇



 捕えられたラモン公爵は、選定の儀で一位となったカサンドラこそ王太子妃に相応しい、と最後まで主張した。

 しかし、裁決を言い渡すべく臨席していた国王が、これを一刀両断する。



「王太子妃になるには、ある程度の能力は必要だよ。でも選定の儀で、どうして本人の希望を優先するか分かるかい? いくら高い能力を持っていても、それを国や民のために活かしてくれないと、意味がないからなんだよ。無理やり王太子妃にさせられた女性が、反抗心から協力してくれず、むしろ腹いせのために能力を使われると、才があるだけに困るんだよね」

 

 過去にこれで揉めたから、今の形になったんだよ、と国王は隣にいるアルフォンソへ説明した。

 

「以前から、ラモン公爵家とディエゴ公爵家の対立は、目に余るものがあった。ちょうどいい機会だから、息子に当主の座を譲って、隠居したらどうだい?」



 国王の鶴の一声で、ラモン公爵の身の振り方は決まった。

 他国の姫を誘拐した大罪の割に寛大な処分になったのは、ヘザーとマノンの嘆願があったおかげだ。

 ここでラモン公爵家が取り潰しになれば、その影響はカサンドラにも降りかかる。

 二人はそれを望まなかった。

 幸いなことに、次期ラモン公爵となるカサンドラの兄は、カサンドラの恋を応援してくれている。

 今後カサンドラとネイトの関係は、より一層、前進するだろう。



 そして、ヘザーとアルフォンソの婚約についても、国内外へ向けてついに公示されたのだった。



 ◇◆◇



 煌々と満月が輝く中、ヘザーはアルフォンソと一緒に、ウルバーノの背に乗っていた。

 てくてくと歩くウルバーノに合わせて、二人の体が揺れる。

 どちらも黙ったまま、その揺れに身をまかせていた。



 明日、ヘザーは一旦、オルコット王国へ帰国する。

 そして嫁入り支度を整えて、2年後に改めてメンブラード王国へ戻ってくるのだ。

 それから1年間は王太子妃教育を受け、アルフォンソが18歳、ヘザーが19歳のときに、結婚することが決まった。

 

 今夜は、一緒にいられる最後のとき。

 近づく別れに、しんみりした空気が二人を包んだ。

 

「ヘザー、僕を忘れないでね」



 ヘザーの背中に、こつんとアルフォンソの頭がくっつく。



「今度、ヘザーに会うまでに、背を伸ばしておくから」

「背?」

「僕も大きくなって、ヘザーにカッコいいって思われたい」



 なんて可愛いことを言うのか。

 ヘザーが胸をときめかせていると、アルフォンソがさらなる爆弾を落としてくる。



「本当はね、もう越してる予定だったんだ。騎士団長に協力してもらって、筋肉も鍛えたし、料理長に相談して、背が伸びるメニューにしてもらったし。でも、国境までヘザーを迎えに行って、僕よりヘザーが大きくて……感激してしまった」

「落胆ではなく?」

「とんでもないよ。ああ、ヘザーだなあって思ったんだ。9歳の僕が大好きになった、ヘザーだなあって」

 

 アルフォンソが笑ったのか、柔らかい吐息がヘザーの首筋にかかる。

 それが少しくすぐったくて、ヘザーが肩をすくめる。

 その肩の上へ、アルフォンソが顎を乗せた。



「ヘザー、愛している」



 びくりとヘザーの体が震える。

 離さないと言うように、アルフォンソが後ろから腰に腕を回した。



「僕の、お嫁さんになって」



 文面では何度も見てきた言葉だ。

 大きなものが好きな少年心の延長だと信じ、ずっと本気にしてこなかった。

 そんなヘザーに、何度も何度も、アルフォンソが贈ってくれた言葉だ。



「アルフォンソさま」



 アルフォンソの手の上に、ヘザーは自分の手を重ねる。

 背は少しヘザーが高いが、手のひらはアルフォンソが大きい。

 

(きっと、次に会うときには、背も越されているわ)



 ヘザーがすりすりとアルフォンソの手を撫でるから、今度はアルフォンソがくすぐったくて震えた。



「私を、お嫁さんにしてください」



 しっかりとしたヘザーの返答に、ぐぅっと何かを飲み込む音がした。

 振り返ろうとしたヘザーを、そうはさせず、アルフォンソがぎゅうと抱き締める。



「駄目、今は、僕を見ないで。嬉しくて、泣きそうだから」



 泣きそうなのではなく、泣いているのだと分かったから、ヘザーは素直に従った。

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